こうのとりのゆりかごを憶う

 親が育てられない子どもを匿名で預かる、赤ちゃんポストと呼ばれるこうのとりのゆりかごを熊本市の慈恵病院が開設し、10年が経過しました。貧因や暴力などが絡んだ不慮の妊娠によって、望まれずに生まれる子どもがいます。こうのとりのゆりかごにはこれまでに125人が預けられ、養父母の家庭や児童養護施設で育てられてきています。預けにくる母親は、誰にも相談できず、経済的にも困窮しています。最近は若者の貧因や家族形態などにより、望まない妊娠は増え、小中学生の出産も少なくありません。同病院が受ける妊娠や出産に関する問い合わせも年間5,000件を超えています。ゆりかごが必要ではない社会が理想ですが、必要としている人が多くいることも事実です。
 わが国では、望まれずに生まれてきた子どもへの対応が遅れてきました。諸外国に比べて妊娠中絶の件数が多いことも背景にあります。ドイツをはじめ諸外国では、赤ちゃんポストに類似した制度が古くから存在し、多くの命を救ってきています。最近厚生労働省は、産科のある医療機関、貧因や家庭内暴力の被害を支援するNPOなどに児童福祉司を配置し、望まない妊娠をした女性の支援に乗り出しています。今年4月から施行された改正児童福祉法では、里親や特別養子縁組の支援を強化することにしています。
 赤ちゃんポストをめぐっては、開設当初から安易な子育て放棄を助長するとの批判がありました。また、匿名で預けられる仕組みが、医療機関にかからない危険な出産を誘発しているとの指摘もあります。こうのとりのゆりかごは、頼るあてのない母子の受け皿になってきた一方で、出自を知る権利の確保が問題となります。親を知る手掛かりがないこともあり、将来子ども達が精神的な衝撃やアイデンティティークライシスに陥る可能性も否定できません。しかし、レイプや不倫で産まれたケースもあり、必ずしも出自を知る権利を行使できない状況も考えられます。ゆりかごのモデルとなったドイツでは、赤ちゃんポスト制度の廃止が勧告され、代わりに2014年から内密出産制度が始まっています。女性は相談所だけに身元を明かし、医療機関で仮名で出産します。子どもは16歳になれば母親の情報を得ることができます。
 今後も自宅出産や新生児遺棄はなくなるとは思えません。これまでのゆりかごの取り組みが子どもの福祉にとって適切かどうかを国が判断する時期にきています。一自治体や一民間病院のレベルで解決できる問題ではありません。そのため、生まれてきた子どもの命を守るための幅広い支援体制が構築されるべきです。

(2017年5月11日 毎日新聞)
(吉村 やすのり)

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