ゲノム編集

 これまでの遺伝子操作は、ウイルスなどを使って動植物に別の遺伝子を組む遺伝子組み換えの研究がテーマでした。新しく登場したゲノム編集は、医療や農業分野を劇的に発展させる可能性を秘めています。この新しい技術はキリスパー・キャス9と呼ばれ、遺伝子の鎖を切るハサミの役割を担う酵素と、切りたい位置に酵素を正確に導く分子を組み合わせ、ピンポイントで狙った遺伝子を取り除いたり、別の遺伝子に置き換えたりできる技術です。格段に効率良く遺伝子を書き換えることが可能になってきました。この技術を受精卵のゲノム編集に応用しようとする試みがなされようとしています。
 重度の遺伝病など、通常の細胞を遺伝子改変するだけでは十分な効果を見込めない疾患でも、受精卵の遺伝子を改変すれば、生まれてくる子に遺伝病が発症しない可能性が高まります。不妊症の原因究明にも期待がかかります。英国は、昨年不妊のメカニズム解明を目指すなどの受精卵改変の基礎研究を承認しました。しかし、安全面への懸念が完全には払拭できていません。目的と違う遺伝子を改変してしまう可能性がゼロではなく、生まれてくる子に想定外の病気が発症する恐れがあるばかりか、異常が子孫まで受け継がれる可能性は否定できません。偏った価値観に基づき、特定の外見や能力を求める改変が繰り返されれば、人間の多様性が失われかねないとの指摘もあります。
 しかし、一律に禁止するのは正しい考えとは思えません。また、遺伝病の影響を受けない子どもを持ちたいという家族の希望を全面的に否定することはできません。技術が可能になれば、必ず誰かがやろうとします。禁止し、監視の行き届かないところで悪用されるより、どのような規制のもとで扱っていくかを考えるべきです。研究が進んでいる英国や中国では、ゲノム編集を受精卵改変に使う研究を法律や指針で規制しています。規制によって可能な研究の範囲を明示し、研究環境を整備しているとも言えます。こうした研究現場の危機感に呼応する形で、政府は今後、ゲノム編集の包括的な規制の議論を始めることにしています。ゲノム編集を使った受精卵の改変研究を、基礎研究に限って容認する一方、出産に至る臨床応用は禁止する方向で議論することになりそうです。関連学会も検討に加わります。

(2017年4月29日 読売新聞)
(吉村 やすのり)

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