不要不急を考える

コロナ禍で、全ての営みや行動が不要不急というふるいに掛けられるようになってしまいました。人の要や急を他人が決めることはできないはずです。不要不急は時代とともに変化しますし、人によっても絶えず変わりゆくもので、その時、その人しか決められないことです。社会の要と急は、多くの人の事情が組み合わされて形成されるものです。それを最大公約数的に分類しようとすれば、多数を占める良識派で声の大きな人の不要不急観だけが正義となりがちです。社会には、さまざまな要と急があって良いと思います。
諸外国とは異なりわが国においては、ロックダウンなどの対策を取らなくても、3密を避け不要不急の外出を自粛することにより、これまでオーバーシュートを免れてきました。しかし、不要ではないが、不急な営みがあることも事実です。要な営みについては、Webやオンラインを効果的に利用すべきです。これまでわが国のコロナ対策は、PCR検査や医療体制不備などが指摘されていますが、対策の最終の評価基準である人口あたりの死亡者数が少ないことは、手洗い・うがいの励行、マスクの着用などの徹底、3密などの行動規範が大きく影響していると思われます。わが国においては、人と人との距離を確保し、外出時はマスクを着用するなどの新しい生活様式を一人一人が心掛けてきています。今後は、不要不急の外出の自粛も、国民の良識にまかせることがあっても良いと思われます。
これまでの自らの生き方を顧みるに、これまでの人生で「要と急」の事象はあったのであろうか。自らの「要と急」は、他人にとっては不要不急かもしれません。このように社会のさまざまな「要と急」は、個人のさまざまな事情によって異なり、一定の尺度では計ることはできません。ウイルスにとっても、この新型コロナウイルスは新たにヒト集団に登場し、現在ヒトに適応する過程にあります。現在では緊急の感染症対策が必要であり、医療関係者による「要と急」な医療的対応が必要な状況にあります。世界中が2次、3次の感染爆発を恐れていますが、いずれも治療薬やワクチンが開発されれば、このウイルスも不要不急な対応で済むようになるかもしれません。新型コロナウイルスは、あらゆる事象の不要不急が人によって異なり、時代によって変わりうるものであることを教えてくれています。

(吉村 やすのり)

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