今後のiPS細胞研究の流れ

 京都大学の山中伸弥教授がヒトiPS細胞作製に成功して10年が経過しました。2012年のノーベル生理学・医学賞受賞を機に、国はiPS細胞を中心とする再生医療研究に対し、10年間で1,100億円の大型支援を決めました。日本発のiPS細胞の実用化が成功すれば、世界をリードでき、オールジャパンの掛け声のもと、iPS細胞研究は大きな柱となりました。
 iPS細胞を使った世界初の臨床研究を実施するなど前進も見られますが、一方では米欧や中韓との競争は激しく、世界の潮流から後れを取る懸念も指摘されるようになってきました。わが国の流れはiPS細胞の基礎研究より、臨床応用やその備蓄事業への重点支援に向けられるようになってきています。備蓄事業の普及により、患者に移植しても拒絶反応が起こりにくい型のiPS細胞を他人から作ってそろえておけば、必要時に患者に低コストで提供することができるようになります。今後、備蓄iPS細胞を育てて、目の難病患者に移植する手術、脊椎損傷や心不全などでも臨床研究や臨床試験が始まる見通しです。
 日本でiPS細胞は再生医療の本命と目されてきましたが、米国などではiPS細胞と同じ万能細胞の胚性幹細胞(ES細胞)を使った臨床試験が進んでいます。目の難病や脊椎損傷、糖尿病などに広がり、臨床応用でiPS細胞に先んじています。さらに再生医療には骨髄や脂肪に含まれる組織幹細胞の利用や、遺伝子治療を組み合わせる手法もあります。しかし、国内のES細胞や遺伝子治療の研究には予算がつきにくい状況になっています。
 iPS細胞研究を重点支援すれば、世界基準となる医療技術を確立できる可能性はあります。しかし、日本が応用分野に偏り、基礎研究が疎かになっています。これまでiPS細胞の臨床応用は加齢黄斑変性の患者に実施されていますが、その有効性、安全性の検証はできていません。再生医療におけるiPS細胞の研究も岐路に立たされていると言わざるを得ない状況に追い込まれています。

(吉村 やすのり)

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