出生前診断の生命倫理学的考察―Ⅵ

社会的支援の重要性
出生前診断にて胎児に異常を指摘されたクライエント夫婦の心理的負担は大きなものがある。出生前診断にかかわる医療スタッフは、クライエントに心理的葛藤が生じることを理解し、いかに困難な状況への適応につなげられるかを考えるべきである。出生前診断を受けることを自らの権利として検査を行った場合、期待しない結果が大きな心理的負担となり、適応への阻害要因となる可能性は否定できない。この際、胎児の生命を尊重だけを前面に押し出して説明を行った場合、カップルへの心理的負担を生み出す可能性があり、説明にあたっては多角的な視点が要求される。クライエントが産まれてくる子どもの出生後に不安を持つのは当然であり、医学的サポートのみならず、社会的な支援グループとの接触は重要となる。わが国においては、欧米諸国に比べて遺伝カウンセラーや障害児のサポートシステムが十分ではないが、障害に対する正確で偏りのない情報提供が必要である。
出生前診断や検査は産科領域で行われるが、産科の関与は出産後しばらくで終わり、その後の子どもの発達に関する支援は、医療ならば小児科、関連領域としては母子保健や乳幼児福祉の領域に委ねられることになる。そのため、出生前診断を実施する産婦人科医にとって大切なことは、障害があっても暮らしやすい社会を実現し、社会にみられる障害者に対する偏見や差別の改善に努めることにある。さまざまな障害のある人々との接点が限定されている社会のあり方の変革、生物多様性に関する教育が大切となる。出生前診断の恩恵をわが国の妊婦に還元するためには、社会が障害者を正しく理解し受け入れる体制の構築が必要である。

(吉村 やすのり)

カテゴリー: what's new   パーマリンク

コメントは受け付けていません。