医師の長時間労働について考える

 医療現場では長時間労働が常態化しています。総務省の調査によれば、雇用者のうち1週間の労働時間が60時間を超える場合は、全体では14%でしたが、医師の場合は41.8%であり、職種別で最も高率を占めています。また厚生労働省の研究班の調査では、病院勤務の男性医師の41%が週60時間以上勤務しており、80時間以上の割合も11%もありました。診療科別では、救急科や外科、産婦人科などで特に長かったほか、比較的勤務時間が短い精神科でも週平均50時間を超えていました。
 東京都内の総合病院に勤務する30代の男性研修医が、20157月、過労のため、自ら命を絶ちました。男性は2010年に医師免許を取得し、20134月から産婦人科医として出産や手術、当直勤務に当たっていました。代理人によると、出産対応などで急な呼び出しも多く、自殺前の半年間に取得できた休日はわずか5日でした。時間外労働は、労使協定で定められた上限である3カ月で計120時間を大きく上回る月170時間以上に達し、男性は精神疾患を発症して自殺したと認定されました。過労が原因の自殺への労災認定が相次いで明らかになる中、勤務医の過重労働に支えられてきた医療のあり方そのものを、見直すべき時にきているのかもしれません。
 政府は働き方改革の柱として、時間外労働に罰則付きの上限年720時間を盛り込んだ労働基準法の改正案を次の国会に提出する方針です。しかし、医師については、業務の特殊性に配慮して法施行後、5年間の猶予が認められました。医師には、正当な理由がなければ診療を拒めない応召義務などがあるためです。医師法第19条による応召義務においては、診療に従事する医師は診療に正当な事由がなければ、患者からの診療の求めを拒んではならないと定めています。不在または病気などで診療が事実上不可能な場合を除き、診療時間の制限などを理由に急患を拒むことはできないなどとされています。
 研修医の過労死問題を受けて、日本産科婦人科学会などは13日、緊急声明を発表しています。お産を扱う地域の基幹病院に重点的に産婦人科医を集約し、当直などの負担軽減を図る方針を明らかにしています。しかし、地方は慢性的な医師不足で、超過勤務を制限できるような状況にありません。極端な労働規制は、地域医療を崩壊させることにつながります。労働基準監督署から是正勧告を受けたとしても、そもそも絶対的な人手が足りない地方では、病院だけの努力には限界があります。不足している地域に医師を配置できるような国としての仕組みについて、実効性のある働き方改革の導入を検討すべき時期にきています。
 医師のもう一つの特殊性は、業務と自己研さんなどとの境界が曖昧になっています。医学部卒業後も働きながら技術や知識を習得する必要があり、これが長時間労働の要因になっています。また、診察結果などの説明を患者やその家族が来院しやすい平日の夕方や週末などに行うことが医師の業務とされていることも長時間労働の一因となってきています。慣例で行われてきた医療サービスも見直さなければ、労働時間の削減は難しい状況にあります。患者側が医療機関のかかり方を学ぶことで、医師が疲弊するのを防ぐようにすることが大切です。そうでなければ、地域の医療を守ることはできなくなります。

(2017年8月24日 読売新聞)
(吉村 やすのり)

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