幼児教育・保育の無償化

無償化に必要な年約8千億円の財源は、無償化と同時に行われる消費増税による増収分の一部でまかなわれます。もともとは国の借金返済に充てられるお金でしたが、安倍晋三首相が2017年の衆院選で使い道を変えて無償化に振り向けることを表明、2019年5月に関連法が成立しました。国立社会保障・人口問題研究所が、2015年に実施した調査では、理想通りの子どもの人数を持てない夫婦が挙げた最大の理由が子育てにかかる経済的負担の重さでした。無償化は、こうした夫婦の負担感を和らげる狙いがあります。



一方、認可保育施設などに入れない待機児童の数は、2019年4月時点でも1万6,772人に達しています。特定の保育園を希望しているなどとされ、待機児童にカウントされない隠れ待機児童も8万394人にのぼり、依然解消されていません。保育園の中には、必要な保育士数が確保できずに子どもの受け入れ人数を減らした園もあります。保育の量にも質にも直結する保育士の処遇改善を求める声は、一層強まっています。
幼保・無償化には数々の課題がありますが、一定の意義もあります。一つ目は児童虐待の防止、二つ目は女性の活躍と人手不足の緩和につながることです。無償化で、保育料の負担がネックで保育園に入れることをためらっていた親が、子どもを預けやすくなります。子どもは保育園で適切な保育を受けることができ、親はその間に働いて収入を得られます。生活にゆとりができ、親子が短時間離れて過ごすことで、心身の余裕も生まれます。子育てのプロである第三者が日々子どもに関わることも、虐待のリスクの低減につながります。子育て中の人が仕事に就きやすくなることは、経済的な自立やキャリアの形成に、社会的には人手不足の緩和につながると考えます。いずれも保育園の受け入れ人数に余裕がある地方に限り、待機児童の多い地域では効果は見込めません。無償化の意義は入園できた家庭の経済的負担が減ることだけで、むしろ待機児童の増加、保育の質の悪化などデメリットが大きくなるとの意見もあります。
幼児教育・保育の無償化が、子育て世帯間の格差を一層広げてしまうのではないかの声もあります。自治体による認可保育施設の入園選考は、勤務時間が長いフルタイムの正規雇用者同士の夫婦が、パートタイムでの就労や求職中の場合より優先される傾向にあります。所得の低い世帯が、認可施設の利用に結びつきにくい構図があります。格差が解消されないばかりか、高所得者ほど大きな恩恵を受けることになるとの声もあります。国の財政収支が改善されないなかでの無償化で、保育の質のための財源を制約することにもなりかねません。これから子どもの数が減れば、待機児童も自動的に解消されると思いますが、今後は保育の質を考えるべき時代にきています。

(2019年9月29日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)

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