新型コロナウイルスの感染拡大に伴う生殖医療のあり方

新型コロナウイルスに感染すると若い人でも重症化のおそれがあります。現在の段階で治療薬やワクチンはなく、効果を示す可能性のある薬剤の報告もあるアビガンは、副作用の問題で妊婦や妊娠の可能性がある人には使えないとされています。日本生殖医学会が4月1日に出した声明は、体外受精については、受精卵を凍結した上で移植時期の検討を促すなど、医療機関が患者への治療延期の提案をすることを求めています。しかし、患者本人が望めば治療を続けることはできるとしています。新型コロナウイルスの感染拡大の中、世界各国のARTのデータ収集・分析・普及を 行う非営利国際機関であるICMARTからは、以前より今後新たな 情報が得られるまでの間、生殖に関する新規治療の開始を見合わせること、不妊治療に関連するその他の非緊急処置をすべて延期することが推奨されていました。
日本生殖医学会は、このICMARTからのお知らせを受けて生殖医療に従事する医師に対して4月1日に声明を出しました。その中で、妊娠後に感染すると治療に苦慮することが予想されるとして、可能なかぎり人工授精や体外受精などの延期を考慮するよう求めています。特に調節卵巣刺激を開始し採卵を予定している患者さんについては、胚凍結を実施した後、上記の状況を踏まえて胚移植時期の検討を要請しています。この声明を受けて治療を延期する医療機関もみられていますが、多くの地方の生殖医療専門医の先生方からは、感染拡大の状況に地域差もみられることから、行き過ぎた声明であるとの批判も数多く寄せられました。また、妊娠を望む女性からは、年齢を考えると治療を進めたいとの戸惑いの声も上がっています。
声明では、母体から胎児への感染の可能性は不明であり、妊婦の感染リスクが高いとはいえないとしつつ、感染すると重症化する可能性は否定できず、感染者に試験的に投与されている薬の中には妊婦に使えないものがあると説明しています。感染が急速に拡大する危険性がなくなるか、妊娠時に使える予防薬や治療薬が開発されるまでの間は延期の考慮を求めています。しかし、この声明は、自然妊娠や生殖医療による妊娠を否定するものではなく、現時点の胚移植の延期を提案したものです。受精卵を凍結しても妊娠率が低下することはなく、現在の体外受精による出生児のほとんどは凍結卵による妊娠であることをよく説明する必要があります。
この声明を受けて治療を延期する医療機関もあります。延長が長引けば出産の機会が減ることがあるため、クライエントによっては高年齢のため採卵だけでも早期に済ませたいと考える場合もあります。その際にはウイルス感染の可能性を十分に説明した上で、採卵を済ませ胚を凍結しておくことが推奨されます。いずれにしても今回の声明は、不妊治療を受けている女性に妊娠を控えてもらうことを意図したものでないことが明らかです。胚移植後、新型コロナウイルスに感染した場合、胎児に与える影響が不明である現在、胚移植前にリスクの説明をしておくことが生殖医療専門医には求められます。
日本生殖医学会の今回の声明を受けて、不妊治療の延期を余儀なくされる夫婦が増えると想定されることから、厚生労働省は、治療費助成の年齢上限を2020年度に限って緩和すると発表しています。これまで助成対象は治療開始時の妻の年齢が43歳未満でしたが、44歳未満に変更しています。妻が40歳未満の場合は通算6回まで、40歳以上なら通算3回までとの条件も41歳未満、41歳以上としています。今回の厚生労働省の特定不妊治療に対する迅速な措置は大いに評価されます。
現在、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、不急の手術や治療を延期するよう、関連学会が全国の医療機関に求める動きが相次いでいます。生殖年齢を考慮すれば、治療を急がなければならないクライエントの気持ちはよく理解できます。その際にはクライエントの希望を重視し、採卵を実施し、胚を凍結しておくオプションを提示することが奨められます。各学会に先立ち、さまざまな生殖医療の延期をクライエントに提示することを求めた日本生殖医学会の声明は、事後的に考えても時宜を得たものであったと思われます。

(吉村 やすのり)

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