生殖医療を考える―Ⅱ

子の尊厳
生殖医療を希望するクライエントにとって自己完結できる場合には彼らの希望が最大限許容されるべきであり、自己決定権が尊重される。しかしながら、第三者を介する生殖医療の場合においても、子どもをもちたいという幸福追求権は果たして保障されるべき絶対的な権利であろうか。子宮を摘出した女性が自分の子どもをもちたいという自己決定権や幸福追求権は、憲法13条によっても保障されているとはいうが、自己決定権だけではその是非を判断できない場合がある。子どもをつくることは、クライエントにとって保障されるべき基本的人権であるのか、あるいは生殖に関わる倫理には生まれてくる子の同意を得ることができないという特殊性があることから、社会によって規制されなければならないのか、という根本的命題は解決されないままである。
生殖医療において忘れてはならないことは、これら先端医療技術によって生まれている子どもの将来や基本的人権である。われわれ医師もクライエント夫婦も妊娠を希求するあまり、生まれてくる子どもの幸福を十分に考えているとは必ずしもいえない状況にある。通常の医療であれば、医師と患者が十分にコミュニケーションを図り、信頼関係を築き、インフォームドコンセントに基づいて治療を行えば問題は生じない。しかし、生殖医療においては、子を希望する夫婦とは全く人格の異なる一人の人間の誕生がある点で、他の医療と根本的な違いがあることを認識することが大切である。
生殖補助医療においては、自律性の尊重をはじめとするクライアント夫婦の権利論を主張する者もいるが、子の尊厳を第一義的に考えることが望ましい。配偶子より胚がつくられ、そこで初めて人としての尊厳が生まれる。胚は正しく生命の萌芽であり、それを取り扱う生殖医療者には高い倫理観が要求される。その倫理認識は、妊娠のみならず生まれた子どもの成長や発育まで傾注されるべきである。

(生殖医療の必須知識2020)
(吉村 やすのり)

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