精子提供による人工授精を考える―Ⅲ

日本で最もAIDが実施されている慶應義塾大学病院では、海外で出自を知る権利が認められてきた状況を踏まえ、ドナーの同意書の内容を変更した。匿名性を守る考えを維持しつつ、生まれた子が情報開示を求める訴えを起こし、裁判所から開示を命じられると公表の可能性がある旨を明記している。それにより、新たなドナーの確保が困難となり、提供を希望する夫婦の新規受け入れを中止せざるを得ない事態に陥っている。これまでの国の専門家会議は、2003年に法整備に加えて公的機関でドナーの個人情報の保存や開示請求の相談に応じるよう求めており、子どもは提供者の氏名や住所まで知る権利があると結論しているが実現していない状況にある。性同一性障害などの性的マイノリティのカップルでは、挙児を得るためにはAIDの実施が不可欠であり、国として子どもの出自を知る権利をどのように考えるのかを早急に決めることが必要となる。
配偶子提供による生殖補助医療において、出自を知る権利を認めるとするならば、公的管理運営機関の設置が必要となる。当該機関においては、ドナーの個人情報やクライエント夫婦の同意書の保存、医療実績の報告などの業務を行う。出自を知る権利が認める状況下でのドナーのリクルートには困難が予想され、さらに個人情報の管理は長期間に及ぶため、公的な機関が実施することが望ましい。さらに生まれた子どもがドナーの個人情報の開示を希望する際には、子どものみならず、クライエント夫婦やドナーに対して予想される影響についての十分な説明とカウンセリングの機会が保障されることが大前提となる。子どもやドナーに対する支援体制が整わない状況下で、子どもに対して出自を知る権利を保障することは難しいと言わざるをえない。

(吉村 やすのり)

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