雇用形態間の格差是正

2021年の正規雇用者数は3,565万人で、バブル崩壊前の水準とほぼ同程度です。企業が正規労働者の採用を抑制してきたことが読み取れます。一方で、1990年代には1千万人程度だった非正規労働者は2千万人に規模まで倍増し、1990年には20%しかなかった非正規比率は、2021年には37%まで上昇しています。
この30年間、非正規は拡大しましたが正規は減少していません。これは、自営業や家族従業者が占めるインフォーマルセクターが縮小したことが、非正規の拡大に起因する面も大きいと考えられています。また経済的にいかに厳しい局面に置かれても、コアとなる正規社員の雇用を守り抜く慣行が根付いていることを示しています。労働市場の硬直性、男女間の伝統的分業など日本特有の事情が、非正規問題をより深刻にしています。非正規の存在意義は、企業と労働者双方の合理性から成り立っています。
非正規労働には様々な問題点が指摘されています。まず、正規に比べて非正規の労働条件は悪く、低賃金、不安定な雇用、福利厚生を享受できないなどの問題があります。コロナ禍では、100万人規模の非正規が職を失いましたが、正規労働者はほとんど変化しませんでした。さらに非正規に就くと人的資本が形成されません。人的資本は常に投資しないと陳腐化し価値を失ってしまいます。コア人材として内部労働市場に採用された正規の場合は、企業が従業員の人的資本に投資する部分が大きいのですが、臨時で雇われた非正規の場合は投資の対象になりません。
諸事情により非正規職に就いたが、いずれは正規社員を志す人も多いのですが、非正規が正規になる際の壁は厚く、内部労働市場は、基本的に新卒の一括採用を前提としています。内部労働市場に年功主義が加わると、入り口で排除された非正規は、時間が経過するほど正規への転換が困難になってしまいます。
今や正規対非正規の経済格差は、社会格差を生み出しています。男女間の伝統的分業が根深い日本社会では、いまだに男性が経済的に自立して家庭を支えていくという価値観が強く、経済的に安定しない非正規に就いた男性の幸福度は低くなっています。またこの不安が大きな理由となり、結婚に踏み切れない非正規男性が多くなっています。2015年の国勢調査によれば、男性の生涯未婚率は正規が17%に対し、非正規は51%です。未婚率の上昇は一段の少子化を招くことは言うまでもありません。
さらに非正規問題は男女間格差を悪化させます。非正規労働者は、どの年齢をみても女性の方が多くなっています。家庭との両立を求め、柔軟な働き方を選ぶのは男性よりも女性が多いのですが、条件が悪い非正規に就く女性比率が高まると、男女間格差がさらに拡大してしまいます。実際、新型コロナの影響で非正規が大幅に削減された際にも、その打撃は男性よりも女性の方が大きくなっています。
正規対非正規の格差を是正するには、正規を解雇しやすくする環境と法制度の見直しが必要です。労働市場の流動性が高まれば、正規は採用しやすくなり、非正規の需要は低くなります。正規の労働条件をより柔軟にすることも必要です。
企業としては、人材は投資すべき人的資本であり、コストではないという認識が必要です。必要な時にしか雇わない非正規は使い捨てであり、人的資本という認識はありません。非正規にも人材育成の機会を与え、有能な非正規は正規職に転換を促すような柔軟な取り組みが必要です。

(2022年10月4日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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