iPS細胞による再生医療に憶う

大阪大学の研究チームは、iPS細胞で心臓の筋肉のシートを作り、心臓病患者に移植する世界初の臨床研究計画を、年度内に開始するとしています。iPS細胞を使う再生医療では、加齢黄斑変性という目の難病治療が先行していますが、今回は生死に直結する心臓が対象で、移植する細胞数も目の400倍の約1億個と多くなっています。心筋細胞になり損ねた細胞が混じっていると、腫瘍が生じる恐れもあります。研究グループは年度内にも1例目を実施するとしています。
現在、iPS細胞の研究は、基礎から臨床応用へと広がりつつあります。先行した目の疾患である加齢黄斑変性や、今回の重い心臓病のほか、脊椎損傷やパーキンソン病の治験が計画されています。根治が困難で、長く患者が苦しんできた疾患ばかりです。研究の下支えとなる産業界も、製品開発の体制作りを進めています。しかし、大阪大学の臨床研究で腫瘍が発生したり、死亡事故が起きたりするなどのトラブルが起きれば、こうした動きにブレーキがかかってしまいます。
これまでのiPS細胞を使った臨床研究で、明らかな有効性が示されたものはありません。いずれも難しい臨床研究なので、安全性に注意して進めることが肝要です。いずれにしても今回の臨床研究の成否は、iPS細胞に代表される再生医療が普及するかどうかの試金石になります。わが国における再生医療研究は、ヒトiPS細胞の作製以降、研究資金のみならず人的リソースもiPS細胞に注がれてきました。今一度原点回帰し、クローンやES細胞研究にも焦点が当てられることが期待されます。

(2018年5月17日 読売新聞)
(吉村 やすのり)

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