がんは、無限に増えることができる異常な細胞の増殖によって、臓器などの正常な機能を妨げる病気です。これまでの研究で、がん細胞の増殖や維持に関係するがん関連遺伝子の変異が原因と考えられています。こうした遺伝子の変異は生まれつきの場合のほか、加齢、生活習慣などによっても起こります。
体を作る細胞は、分裂時にゲノムを複製します。その際、一定の確率でコピーミスが起きて、遺伝子に傷がつき変異します。紫外線や喫煙などの環境要因でも変異は起きます。通常の遺伝子の変異は修復する仕組みもあり、多くは健康に悪影響はありませんが、たまたまがん関連遺伝子に変異が起きると、細胞ががん化する可能性が出てきます。
がんと遺伝子の研究の歴史は半世紀ほどですが、急速に進んできています。1982年に初めてヒトでがん関連遺伝子が発見されました。1990年代には生まれつきの遺伝性乳がんの原因となる遺伝子であるBRCA1とBRCA2が発見されました。2000年代に、特定の遺伝子を狙う分子標的薬が開発され、がん治療に使われるようになっています。2010年代から、高速に遺伝情報を読み取る装置が登場し、がんと遺伝子の研究が一層進展しました。
しかし、正常組織で見つかるがん関連遺伝子の変異と、がんになるリスクとの関係は完全には分かっていません。ゲノムの異常だけでがんになる前の状態なのか、正常なのかの区別は困難です。新潟大学などは正常な子宮内の細胞でも、がんの予兆となり得る遺伝子の変異が起きていることを突き止めています。将来的にはがんになるリスクを予測できる可能性があり、子宮内膜ゲノム検診のように、どのような遺伝子の異常があるとがんになりやすいかを調べられるようになるかもしれません。
乳がんでは、発症の数十年前も前にがん関連遺伝子の変異が起きる場合があることも分かってきています。健康な女性の母乳に微量に含まれる乳腺細胞の遺伝子データも組み合わせて、乳がんにつながる可能性の高い遺伝子変異がいつ生じるのかを分析しています。乳がん発症の数十年前に遺伝子変異が起こることがあることも見つけられています。
遺伝子が変異した細胞は、DNAの複製に障害が出て、多くの場合は死滅します。しかし、一部の細胞がDNAを複製する性質を身につけて、不安定なDNAを持つ細胞が残り、さらに変異が起きやすくなります。1つの遺伝子変異だけでは発がんに至りません。いろいろな異常が起きて、がん細胞が生まれます。がんの撲滅を考えると、遺伝子を活用した超早期発見というのが進むべき道かもしれません。
(2023年12月8日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)