わが国の主要大学では、理工系大学院修士課程への進学率は80%と高水準にあります。しかし、工学系を見ると修士課程修了者の90%以上は企業等へ就職し、博士課程進学者は一部です。学校基本調査によれば、博士課程進学率は数年間連続して6%を切っており、2018年度は5.6%、今年度は5.5%と極めて低くなっています。欧米諸国や韓国は、人口100万人当たり博士学位取得者の比率が高く増加傾向にありますが、わが国だけ減少が続いています。
これでは第4次産業革命やソサエティ5.0における科学技術・イノベーションを牽引する高度人材の確保もおぼつきません。結果的にわが国の経済財政基盤を脆弱にするだけではなく、グローバル社会における交渉力や存在感の低下を招きます。基幹大学でさえ、教育研究に携わる後継者の確保が困難になると危惧されます。
修士から博士課程へ進むことを躊躇する最大の理由は修了後の就職問題にあります。多くの企業は博士よりも修士を歓迎し、特に最近は情報通信技術(ICT)や人工知能(AI)の分野で学士や修士に対する需要が高く、就業形態も変わりつつあります。もう一つの理由は大学の安定した研究職への道が狭まってきたことにあります。また教員は、競争的研究費等の申請や業績評価等に係る様々な業務に忙殺され、慌ただしく過ごしています。そうした実態を間近に見て大学の研究職に魅力を感じなくなってきています。
修士課程修了後、企業は卓越した学生を社員として採用し、同時に社会人学生として博士課程に進学させる卓越社会人博士プログラム制度を考えるべきです。学生は所定の期間内に博士学位を取得した後に、就職先の企業に復帰して職務に専念します。卓越社会人博士課程の学生には企業の社員なので当然給与は支給され、授業料分も原則として支給されます。これにより博士課程学生の経済的問題も解決しますし、企業は優秀な人材を早期に着実に確保して博士の学位を取得させることができます。
アクティビティの高い研究室には、研究者志望の優秀な学生が日本学術振興会の特別研究員として在籍しています。特別研究員の学生と卓越社会人博士プログラムの学生が共存することで、優秀な学生は博士課程に進学し、博士の学位を得て、国際社会で活躍するという文化が醸成され、高等教育の最終段階としての博士課程が実質化し、高度化することになります。
(2019年11月4日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)