近年、ELSIの研究対象になっているのが、遺伝子を簡単に書き換えられるゲノム編集技術です。2018年11月、この技術を利用したデザイナーベイビーが中国で誕生したというニュースが世界を駆け巡りました。世代を超えて受け継がれる形でのゲノム改変は安全性に懸念が残ります。また、親が受精卵の段階で子どもの外見や体力、能力などを操作することは命の選別にも関わるため、多くの批判が巻き起こり、実行した研究者は罰せられました。
現在、多くの国で、病気治療を目的とした体細胞のゲノム改変は、患者本人のレベルで完結するため実用化に向けた研究が進められていますが、受精卵や生殖細胞などにゲノム編集を施し、新たな個体を作ることは、次世代にも影響が及ぶため禁じられています。規制は国によって異なります。日本は法規制が検討され始めていますが、現時点では指針のみで罰則はありません。
受精卵のゲノム編集については、生命誕生に関わる課題は多く、iPS細胞から精子や卵子を作れるようになった場合、受精卵や出産などの生殖補助医療に利用して良いのかどうか倫理的な問題が残ります。ELSIは正解のない問題を対象としており、分野横断的に手を取り合う姿勢が求められます。現に米国、カナダや欧州では、多くの専門家が各自の専門領域を超えて科学技術の課題に取り組んでいます。
(2020年10月16日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)