2019年10月に米ジョンズ・ホプキンス大学の公衆衛生の専門家が、世界健康安全保障指数を発表しています。医学研究の最前線にいる安定した民主国家は、その豊富な知識をリソースを活用して、市民を守れると予想しています。米国はパンデミックへの対応で最も優れているとされ、早期の検出と報告、迅速な対応と感染拡大防止の項目で高い評価を得ています。英国、フランス、ドイツなど欧州の民主国家も上位にランクされています。
しかし、今回のコロナ禍は、予想を大幅に裏切るものとなっています。世界の民主国家の大半は、政府の惨憺たる失敗という苦い経験を余儀なくされています。日本は今なお試練のさなかにありますが、それでもコロナによる累計死者数は、世界の多くの国と比べて際立って少ない状況です。日本の人口は米国の約3分の1ですが、死者数は50分の1程度にとどまっています。状況がはるかに深刻なのは、米国だけではありません。東南アジアの少数の国とニュージーランドなどいくつかの島国を除き、世界の民主国家は、ほぼ全てパンデミックに毅然とした対応を貫くことに失敗しています。
世界で最も人口の多い独裁国家ともいえる中国は、当初の失敗の後ウイルスを制御できています。一方、民主国家のリーダーである米国においては、同国が誇る公衆衛生システムは、毎年熱心に更新してきたパンデミック対策マニュアルの実行能力の欠如を浮き彫りにしてきています。民主主義の価値を強く支持する人々は、過去1年間の期待外れの事態を真剣に受け止めることが必要かもしれません。
コロナ禍にあり、2020年はまさにその信念を試す年になりましたが、残念ながら民主国家に強みなど片鱗も無いことが判明しています。相互の敵意の抑制や停滞の克服どころか、何十万もの市民の命が奪われているのに、残念ながら相変わらずその場しのぎが続いています。ワクチン接種が始まり、多くの先進国はコロナ後の世界に再び目を向けられるようになっています。
民主主義を奉じる先進国は、次のパンデミックに襲われた時にこれほど大きな犠牲を出さずに済むよう、公衆衛生システムの改革に取り組まなければなりません。起きる確率は非常に低いのですが、起きれば巨大な損失をもたらすテールリスクを最小限に抑えるために、積極的に投資すべきです。
(2021年4月19日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)