医療の著しい進歩によって治療の選択肢が増え、患者のライフスタイルや価値観も多様化する近年は、シェアード・ディシジョン・メイキング(SDM)の普及が求められています。SDMは医療者と患者が共に治療方針を決めていくために行うコミュニケーションで、日本語では協働的意思決定、共有意思決定などと呼ばれます。
がんなどの生命にかかわる病気では、手術するか、どんな術式で行うか、化学療法を受けるならどの薬を使うのかなどに加え、場合によっては治療しないという考え方もあります。様々な選択肢があるということは、生活においては豊かさになるものの、医療においては正解が分からないことを意味しています。医療者も患者も確実な答えが分からない状況でこそ、共に最善策を探求していくSDMが役立ちます。
SDMでは、医療者と患者が対話を通じて、情報・目標・責任を共有し、選択することが重要です。医療者は考えうる全ての治療の選択肢に関する情報を患者に提供し、その上で医学的に望ましい選択肢の情報を伝えます。患者は、病気に関することだけでなく、自らの仕事や生活、人生にかかわる情報や不安なこと、大事にしたいこと、希望なども語ります。
医療者が最適と考える選択肢が、患者にとって必ずしも最善とは限らないこともあります。しかし、コミュニケーションを進めながら、互いの見解を理解して歩み寄り、最終的には双方が納得できる意思決定を行います。意思決定に至る過程で、その責任を共有できる信頼関係を築くことが、SDMの真のゴールでもあります。
治療法の選択肢など重要な意思決定をより自分らしく行うためには、4つの要素が「おちたか」が大切です。「お」はオプション(選択肢)のことで、選べる選択肢が全てそろっているかどうか確認することです。各選択肢の長所と短所を知ることが「ち」と「た」です。「か」は価値観を指し、各選択肢の長所・短所を比較して優先順位をつけることで、自分にとって何が重要かを明らかにすることです。
日本では意思決定の方法を学ぶ機会が少ないために、SDMを実践する際にどう決めていけば良いのか分からないという人も多くなっています。世界的にはSDMを支援するツールの開発整備が進んでおり、日本でも国際基準に沿った意思決定ガイドが制作されるようになってきています。
(2023年7月8日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)