2020年のわが国の出生数は、過去最少の87万2,600万人でした。このうち日本人は84万人台とみられます。婚姻数が70年ぶりの大きな落ち込みになったのを勘案すれば、今年は80万人を下回るのは確実です。政府の将来推計人口は、80万割れを2033年と見込んでいました。現実の少子化は、実に12年も前倒しで進んでいることになります。コロナ禍で、わが国の人口減は今後加速化するのではないかと大いに危惧されます。
歴史を振り返れば、戦争、疫病、大災害など人口を激減させる転換点は幾度となくありました。中世の欧州を襲った黒死病(ペスト)では、人口史家のラッスルによれば、1340年~1350年に欧州の人口は、7,350万から5千万に急減したとされています。20世紀の日本は、初頭にスペイン風邪による出生減、半ばに第2次世界大戦による人口急減を経験しました。しかし、これらの終息後は、出生数が急増する補償的増加が起きています。スペイン風邪が収まった1920年の出生数は、14%近く増えています。大戦後は、のちに団塊の世代と呼ばれるベビーブーマーが出現し、1949年には約270万人が生まれています。
しかし、ポストコロナのわが国において、厄災後の補償的増加を期待することはできないと思われます。合計特殊出生率が上向いたとしても、出生数の増え方は緩やかにとどまるか、下手をすれば減り続けます。出産適齢期の女性がすでに減少局面に入っているからです。このままの状況が続けば、年金をはじめとする社会保障は制度破綻の危機に瀕し、自治体の消滅が続出します。国の根幹が立ちゆかなくなるのは明らかです。
ポストコロナの少子化対策としては、二つのことを直ちに実施しなければなりません。一つは、出産を望む人への経済的支援です。特にコロナで打撃を受けた女性を中心に、国庫から現金の直接給付を急ぐ必要があります。パート女性らのうち勤務シフトが5割以上減り、かつ休業手当を手にしていない実質的失業者は、昨年末の90万人から今年2月には103万人に増えています。その5割強の世帯年収は400万円に届かず、4割は配偶者がいません。多くが出産を諦めたり先送りしたりしています。
一方、人工妊娠中絶は2019年度に15万6,400件にも達しています。日本家族計画協会の2016年調査によると、その理由に母体保護法が認める経済的余裕がないをあげた人が4人に1人いるとされています。こうした人々を支援し、子どもがもてるような環境作りが急務です。負の所得税を含めた給付付き税額控除の制度化も、喫緊の政治課題です。
もう一つは社会の意識改革です。特に結婚に対する考え方の意識改革です。日本の婚外子比率は2%と、英国43%、フランス49%、スウェーデン55%に比べて極めて低率です。子どもは法律婚を経た夫婦から生まれるものという固定観念を変えなければなりません。大学での保育所施設や、奨学制度の一段の充実で学業と子育ての両立を手助けも必要です。しかし、妊娠出産に対する国家による督励や強制は、断じてあってはなりません。あくまでも子を望む人々の支援であり、望んでも子をもてない人々への配慮は忘れてはなりません。大切なことは、政治が妊娠出産を望む人々にどこまで寄り添えるかにかかっています。
(2021年3月22日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)