新型コロナウイルスのワクチンで、安全上の懸念から開発が足踏みしだしています。9月末以降、米製薬大手ファイザーやモデルナが相次ぎスケジュールの遅れを発表しています。3月から各社が本格化させたワクチン開発は、足元では10社が臨床試験(治験)の最終段階にありますが、ここに来て作業の遅れが目立っています。通常の企業治験では、死亡例や重い副作用が相次ぐなど治験の進行が困難にならない限りは、途中経過を公表しません。今回のように、因果関係が分かっていない段階で、一時的な治験中断の声明を出すのは異例です。
ワクチンは健常者に使うため、安全性が特に重要視されます。開発には最低3~5年、新技術を使う場合は10年近くかかります。投与後の経過観察やどんな副作用が出るか、その頻度、そして予防効果がどの程度かなどを1年、2年といった長期間にわたって観察します。医療現場に選ばれる医薬品を開発するには、こうした作業が欠かせません。
すでにロシアや中国では、有効性や安全性を確認する最終治験前に緊急措置として使用を始めています。各国当局はコロナワクチンで副作用が出た場合、政府責任での免責を確約していますが、企業は安全性に不安がある医薬品を販売することで、信頼性とブランドが傷つくのを恐れています。他のワクチンはもちろん、現在販売する他の医薬品にも信用不安が広がる可能性があります。
コロナワクチンは他国への供給を巡った外交戦略にも使えるため、政治カードになりやすい状況にあります。今後感染拡大の第2波、第3波が起きれば、開発ニーズはさらに高まります。しかし、安全軽視がもたらす損害も計り知れないものがあります。コロナとの闘いは政府や企業に重い課題を突きつけています。
(2020年10月18日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)