中絶禁止容認の米最高裁判決に憶う

米連邦最高裁は、人工妊娠中絶を憲法上の権利と認めた1973年のロー対ウェード判決を覆す判断を下しました。ロー対ウェード判決では、中絶を犯罪とした当時のテキサス州法などに対し、憲法で保障されている女性の権利を侵害しているなどとして違憲判決を下しています。判決後も国民の意見の一致にはいたらず、中絶支持派であるpro-choiceと反対派のpro-lifeが米国を二分する論争を繰り広げていました。
今回の判決で、中絶の権利に対する憲法の保障がなくなり、全米の半数以上の州が中絶の禁止や厳しい制限に動く見通しです。中絶の権利擁護を求めるリベラル派と反対する保守派の対立が激しくなり、米社会の分断がさらに進む公算が大きくなるとされています。判決文では、憲法は中絶の権利を与えていないと明言しています。ロー対ウェード判決は無効とし、中絶を規制する権限は、国民と国民に選ばれた代表に戻すとしています。州が中絶を規制することを認めています。
人工妊娠中絶を巡る米国内の世論は支持政党によって大きく異なります。民主党支持者の80%が概ね合法だとする一方、共和党支持者では38%にとどまっています。全体では約6割が中絶が合法とみています。米世論を二分する問題で保守派寄りの判決が出た背景には、党利党略を優先し、社会の分断の深刻化もいとわない政治手法が問題として浮かび上がってきます。今回の判決により、半数以上の州が中絶の禁止や制限に動く見通しです。中絶する場合、禁止・制限する州に住む女性は、他の州や国への移動を余儀なくされます。違法な手段で中絶薬を購入する女性も今後は増える恐れが出てきます。
中絶問題は、妊娠女性の権利と胎児の権利の対立であり、米国では世論を二分する大きな問題として、必ず大統領選の争点となっています。生命を守る原則論であるpro-lifeは、まさしく胎児が生きる権利です。一方、生殖にかかわる女性の自己決定権を守る原則論であるpro-choiceは、女性が産む産まないを決定することができる権利です。まさしくpro-lifeとpro-choiceの相克です。生殖の自律の観点からすれば、中絶に関してはpro-choiceの立場が尊重されるべきだと思われますが、立法府における十分な議論を経て決定されるべき問題です。

(2022年6月26日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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