大学院教育の重要性
マサチューセッツ工科大学のD・オーター教授らは、米国のフルタイム労働者の実質賃金の推移を検討しています。実質賃金の水準が最も上昇しているのは大卒を超える学歴の人々です。米国では、高レベルの人的資本への需要が高まり続けていることが読み取れます。この結果は、上記の専門職を通じた賃金上昇とも整合的であり、大学院が果たす役割の重要性を示唆しています。
米国では、大学院教育は社会人として何年か働いた後でもキャリアの方向性を変える機会を与えています。日本では、多くの大学で学部ごとの入学選抜が行なわれるため、大学入学時点の専攻によりその後の仕事の方向性まで固定化されてしまいます。一度就職した後でもキャリアアップに大学院教育を生かすことで、学部選択にとらわれず、需要のある専門職に人材を活用することができます。
日本の大企業では、大学卒業後の訓練は企業内での研修に依存する傾向があります。企業内訓練が半ば強制であるのに対し、大学院教育は主体的に何を学ぶかを選ぶところに違いがあります。最近の米国の労働市場では、労働者が転職先を選ぶ際、賃金のみならず自由に選んだフィールドで働くことを重視しています。この意味で大学院教育を生かすことは、労働移動の問題を解決する一助になります。
適材適所を阻むミスマッチを減らす政策として、転職情報の拡充やスキル認定を通じた転職支援、専門職キャリアを目的とする大学院教育の拡充や奨学金援助といったことが考えられます。

(2025年7月30日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)