かつて国民病と言われた結核を始め、破傷風、日本脳炎、ポリオ、麻疹など、ワクチンの定期接種で克服した感染症は枚挙にいとまがありません。ワクチンは個人の感染を防ぐだけではありません。今回のコロナ禍のように、感染が広がれば健康のみならず経済も大きなダメージを受けてしまいます。集団免疫と言われるように、国民の多くが定期接種を続けることにより効果が生まれます。
ワクチンが普及して人々が病気に罹らなくなり、感染の恐怖を実感しなくなると、接種のありがたさや重要性の認識が薄れてしまいます。わが国においては副反応を心配するようになって大きな社会問題となり、ワクチン行政は大幅な後退を余儀なくされています。ワクチンへの不信感は、今なお国民の間に強く残り、日本はワクチン開発競争にも大きく後れを取ってしまいました。今回承認されたCOVID-19のワクチンには、画期的新技術が使われています。長年にわたる産学官の協働体制と資金投入がなければ実用化できなかった技術であり、現在世界各国が国を挙げて接種を奨励しています。COVID-19は、ワクチンを考え直す大きな機会とすべきです。
わが国では、子宮頸がんに年間1万人の女性が罹患し、2,800名もの方々が亡くなっています。この死者の数は、交通事故死者数に相当します。多くの女性が子宮頸がん治療で、子宮を失う等の理由により、妊娠出産ができない状態となることもあり、マザーキーラーとも呼ばれています。子宮頸がんを減らすことは、国民の命を守ることに加え、少子化問題を考える上でも極めて重要です。
最近、子宮頸がんに関する重要な論文が2本掲載されました。一つは、HPVワクチンの接種が、前がん病変のみならず、進行がんの発生を予防することを証明したスウェーデンからの報告です。もう一つは、2名の小児の肺がんが、母親の子宮頸がんの移行によって起こったとの大変センセーショナルなわが国からの報告です。この2人の母親は、妊娠初期のがん検診でも、子宮頸がんを発見できなかったことから、HPVワクチンによって母親の子宮頸がんの発症を予防しておくことが、子どもの健康を守るためにも大切であることを示しています。
HPVワクチン接種により、子宮頸がんによる死亡を確実に回避できるにもかかわらず、積極的勧奨の再開を打ち出さないままでいることは、国の不作為を問われかねない状況に陥っています。ワクチン普及は、製薬会社の利益や研究者の利権のためではありません。我々自身のためのものなのです。
(吉村 やすのり)