働き方や家族の形の変化

 戦前は、家制度の下多世代が同居し家長である男性が絶対的な支配権を持っていました。女性は夫の許可が無ければ働けず、良妻賢母であることを求められ、子は家の継承のため必須でした。高度経済成長期に若者が都市に出て会社勤めをするようになると、夫は仕事、妻は家事・育児を担う核家族が形成されました。会社員の夫と専業主婦に子ども2人の世帯を、標準世帯と呼ぶようになったのは1970年頃です。

 第2次ベビーブームが訪れ、出生数は年間200万人を超えました。1970年代半ばになると女性の就業率(15~64歳)は5割を切り、この頃から少子化の兆しも表れ始めました。合計特殊出生率は、1974年以降人口維持に必要とされる2.07を下回るようになりました。1980年代になると、国連の女子差別撤廃条約批准のため均等法の策定作業が進められました。1986年に男女雇用機会均等法施行と同じ年に、会社員らに扶養される配偶者は保険料を払わなくても国民年金が受け取れる第3号被保険者制度も始まりました。

 1996年には共働き世帯数が専業主婦世帯を上回るようになり、その差は拡大していきました。1999年施行の改正均等法では、差別禁止規定が強化されセクハラ防止措置が義務化され、女子保護規定も撤廃されました。少子化は、1989年の合計特殊出生率が戦後最低の1.57を記録したことで認識されるようになり、1992年の国民生活白書は少子化問題を大きく取り上げ、育児休業法が施行されました。

 2005年施行の次世代育成支援対策推進法は、企業に社員の子育て支援を促しました。現在、結婚した夫婦が生涯に持つ子どもの平均数(完結出生児数)は1.9ですが、2024年の出生数は68万人と、ピーク時の1949年の4分の1まで減少しています。少子化は日本だけでなく世界全体で進んでいます。乳児死亡率の減少や児童労働の解消、女性の社会進出に伴う出産圧力の低下など、皮肉にも社会が努力してきた成功の結果かもしれません。

 今も若い人たちの8割以上は、いずれ結婚するつもりと考えています。男女ともに、女性が仕事と子育てを両立できるのが理想と考えています。2023年に発足したこども家庭庁は、共働き・共育てが可能な社会を目指しています。日本の人口はこれからも減少の一途をたどることになります。非婚化は進み、単身世帯の比率は約4割にのぼります。少子化の要因は複雑であり、その解決を当事者に委ねるのではなく、誰もが共育てに参加する産み育てやすい社会を目指すことにあります。

(2025年12月13日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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