教育支援の本質的な意義は、次世代の人的資本への投資という点にあります。質の高い教育を受けた子どもたちは、将来より高い所得を得て、より多くの税・社会保険料を納めることになります。一方で生活保護などの社会保障給付を受ける割合は低下します。そして、その効果はさらに次の世代にまで及ぶことが近年の研究で明らかになっています。教育支援は社会全体の生産性を高め、財政基盤を強化する投資としての性格を持っています。
しかし日本の現状を見ると、こうした投資が著しく不足しています。GDPに占める公財政教育支出の割合は3.7%と、OECD平均の4.9%を下回っています。この差を埋めるには年間約7兆円規模の追加支出が必要となりますが、それは将来の経済成長と財政健全化につながる投資と考えるべきものです。教育投資の優先順位を考える上で、最も重視すべきは幼児教育です。貧困世帯の子どもたちに質の高い幼児教育を提供したところ、40歳時点での就業率が50%から79%に上昇し、生活保護経験率は82%から65%に低下したとの研究も見られます。
次に優先度が高いのは、義務教育段階での完全無償化です。とりわけ給食費の無償化は優先度が高く、学校給食がもたらすメリットは健康面から行動面、さらに学力にも及びます。教育現場の負担軽減という副次的な効果もあります。教職員は給食費の徴収管理に多くの時間を費やし、未納への対応は教職員に大きな精神的負担を強いています。さらに教材費や修学旅行費といった教育活動に不可欠な経費も、無償化の対象とすべきです。
高校教育については、すでに進学率が98%を超え、実質的な義務教育化が進んでいます。そのため高校授業料の無償化も取り組むべき政策課題です。実施の方針が固まった所得制限なしの無償化は、中間所得層の教育費負担を軽減し、教育機会の平等性をより確実なものとします。しかし、一定の規制をかけなければ、私立高校は授業料上昇の可能性があるし、学校間の受験競争を過熱させ、かえって家計の教育費負担を増大させることも懸念されます。
大学教育は個人の所得を大きく増加させる効果を持つ一方で、進学率は約60%にとどまっています。そのため税負担による一律の無償化は、進学しない層から進学する層への所得移転という側面を持ち、公平性の観点から問題があります。出世払い制度の拡充を考慮すべきです。この制度は在学中の学費負担をゼロとし、卒業後に一定以上の所得を得た場合にのみ返済を求めるものです。返済は所得に応じて行われるため、卒業後の所得が低い場合の返済負担も抑えられます。
教育投資は次世代の人的資本を高め、労働生産性の向上とイノベーションの促進をもたらします。その効果は、健康状態の改善や犯罪率の低下など社会保障費用の抑制にまで及びます。効果は次の世代へと継承され、持続的な経済成長の基盤となります。

(2025年3月7日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)