政府は、1989年に合計特殊出生率が戦後最低の1.57に低下したのを機に、様々な少子化対策に乗り出しましたが、保育対策が中心で、関連予算も多くありませんでした。2010年代に入り、消費増税で得た財源を子ども・子育て分野に充てるなどし、2013年から2022年で関連予算はおよそ倍増しました。
しかし、出生率は2010年代前半にかけて少し回復した時期を除き、下がり続けました。岸田内閣は、若年人口が急速に減ることを踏まえ、2030年代に入るまでが少子化傾向を反転できるラストチャンスとし、異次元の少子化対策を2023年末に決め、2028年度までに新たに年3.6兆円規模を投入することを決定しました。若い世代や子育て世帯の所得向上や、ライフステージに応じた切れ目のない支援を行い、児童手当の拡充や、夫婦で育休を取得した場合の給付額を手取りの8割から10割相当に引き上げることなどを実現させました。
しかし、効果は見通せていません。少子化が進む背景は、国立社会保障・人口問題研究所によれば、2020年の50歳時未婚率は男性28%、女性18%と年々増加しています。2021年の独身者を対象にした調査では、結婚したら子どもを持つべきだと考える男性は55%、女性は37%と大きく減少しています。夫婦を対象にした調査では、理想の数の子どもを持たない理由は、お金がかかり過ぎるからが最多を占めています。夫婦で協力をして子育てする環境づくりも進んでいません。総務省の調査によれば、6歳未満の子どもがいる世帯の1日あたりの家事や育児の時間は、妻が7時間28分に対し、夫が1時間54分です。
政府は、結婚や出産前の若い世代に向けた施策にも力を入れています。希望する将来設計ができるようなライフデザイン支援や、性や健康に関する正しい知識を持ち、妊娠・出産を含めた将来設計や健康管理を行えるようにするプレコンセプションケアなども提唱しています。異次元の少子化対策を含め、これまでの少子化対策の必要性は認めますが、もっと若い世代の意識の変化に注目すべきです。
選択的夫婦別姓をめぐり何十年も議論している場合ではありません。結婚や出産は個人の自由な意思決定に基づくものとし、希望する人に正しい情報を知ったうえで選択してほしいとの考えのもとに、結婚への制度的なハードルを下げるための施策を講じています。結婚数低下が出生数の低下の主因ですが、その時代はもう過ぎているかもしれません。若い世代では、結婚しても子どもを持ちたいと考える人は少数派になっています。こうした若者の意識の変化を理解した上での少子化対策が必要になります。支援ばかりを増やしても若い世代は子どもを持とうとは思ってくれません。東京都の肝入りの少子化対策が功を奏していることからも明らかです。今後は、出生率を上げる施策を講ずるより、人口減を前提とした政策の見直しが必要となります。

(2025年6月5日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)