幼児教育無償化による保育の課題について憶う

3歳以上を対象とした幼児教育・保育の無償化が10月にスタートしました。子育て世帯に負担軽減の恩恵が広がる一方で、保育園に入れない待機児童の増加や保育の質の低下を懸念する声も高まっています。幼児教育・保育の無償化の狙いは子育て世帯の経済的負担を和らげ、少子化対策につなげることにあります。無償化後は、特に子どもを保育園に預けて働く人が増加すると思われます。需要増に応えつつ保育の質と安全をどう確保していくか、公費の費用対効果を高める知恵が求められます。当然のことながら、保育を提供する側の改革も欠かせない状況にあります。
無償化は恩恵が高所得世帯に偏るといった問題があります。都市部で認可保育園に子どもを預けられる母親の多くはフルタイムの正社員で、パートだと待機児童になりやすくなります。質の高い保育園を増やし、待機児童をなくすことが先決です。財政支出には限りがあるので、今後は高所得世帯の負担を上げることを考えていかなければなりません。
質の高い保育は、恵まれない世帯の母子に好影響をもたらすことが確認できています。好影響が長く持続することも、低所得世帯の子どもを40歳まで追跡した米国の調査でわかっています。質の高い保育園に通った子は高校卒業率や就業率が上がり、逮捕や生活保護受給率は下がりました。本人の稼得能力が高まり、福祉費など社会全体のコストは下がりました。母親が子育てするのが子どもにとって良いとよく言われます。しかし、実際に大事なのは保育の質であり、保育者が母親かどうかは関係ないとデータで確認されています。
育児休業は長いほど良いという考えもあります。しかし、母親の就業を支える観点からは、1年で十分と海外の実証研究でわかっています。長すぎると復帰が難しくなってしまいます。父親が育児休業を取るのも有益です。日本の育休制度は国際的に見ても手厚くなっています。父親の取得率が6%と低いのは、性別役割分担意識のみならず、こうしたわが国の育休制度も大きく関与しています。
ここ数年で、多数の保育園ができています。新しい事業者も増え、人手不足を解消するため経験の浅い保育士が増えてしまいます。保育士の必要数を配置させるため、適正でないと感じる人でも採用せざるを得ない状況も生じています。死亡事故こそ抑えられていますが、骨折など重大事故は増えています。また、日本は欧米と比べ、保育時間が長いという問題もあります。無償化で預けやすくなれば、ますます保育時間が延びる可能性もでてきます。保育士の負担がさらに重くなり、人手不足が悪化します。
保育士の処遇改善も必要です。人材の質が保育の質に直結します。保育士が幸せに働ける環境にしなければならないが、現状の賃金は月額23万円ちょっとで、全産業平均を7万円下回っています。子どもの命を預かる仕事の割に厳しい環境におかれています。国や自治体も補助金を出して改善を進めてきましたが、十分ではありません。無償化が先行し、質の議論が放置された現状が問題であるとの指摘もあります。
日本は、女性が長く働けるようにすることに目が向きすぎています。親からも保育時間の延長を望む声は大きいものがありますが、それが子どもにとって良いことではありません。保育時間を長くすることではなく、働き方のほうを調整する時期に来ています。保育は、行政が画一的に与えるべき福祉行動の一環であると考えるのではなく、利用者も相応の負担をすることが、保育の質の改善につながります。幼保無償化により、全ての子どもが希望する保育が受けられるような環境を整備すべきです。

(吉村 やすのり)

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