現在の医療現場でも、不妊治療を受ける人々の中には排卵誘発剤や体外受精などによって多胎妊娠となった場合、出産の安全性を高めるため減胎手術を求めるケースが少なくありません。厚生労働省の調査によれば、三つ子以上を妊娠した母親が出産した子どもの人数は千人を超えていましたが、近年は体外受精での多胎の減少により、300人台で推移しています。
減胎手術を巡っては、当時の日本母性保護産婦人科医会(現日本産婦人科医会)が1988年頃、堕胎罪に当たる恐れがあると指摘したこともありました。2000年には、厚生労働省の審議会が、多胎妊娠が防げない事情から必要性を認め、三つ子以上の妊娠に限り容認されるとした経緯があります。母体保護法の改正も含めて、公開講座が開かれ議論されたこともありました。しかし、その後議論は深まらず、法的な位置づけは曖昧なままで、国や学会の指針もない状況にあります。
今回の裁判では、大阪高等裁判所が、知識不足などを理由に医師の過失を認める判決を下しています。判決によれば、不妊治療で妊娠した女性は、2015年に胎児に薬剤を注射する減胎手術を受け、1度目の手術では四つ子、2度目の手術で双子を残していました。結果的に生児は得られていません。医師が2度目の手術の際、太い針で約30回刺した行為を過失と認定しています。
わが国では、公的なガイドラインがないため、医療機関によって施術方法も成功率もばらつきがあります。減胎手術の施術を記載した教科書もない状況です。減胎手術には、子宮に残す胎児をどう選ぶかなど、生命倫理上の難しい問題点が提起されています。現時点では体外受精による多胎は、移植胚数を制限することにより予防可能ですが、排卵誘発に関しては、多胎妊娠を完全にゼロにすることはできません。母子の生命健康の保護の観点からも、減胎手術に関するガイドラインの策定が急務です。
(2021年1月26日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)