着床前遺伝学的検査(PGT-A)実施に向けた課題

受精卵の染色体の数の変化は、流産や、受精卵が子宮に着床しない一因とされています。そのため、検査で数に過不足のない受精卵を選んで子宮に戻せば、妊娠率や出産率が上がるのではないかと期待されています。体外受精でできた受精卵(胚)の染色体を調べ、不妊治療の成功につなげるのが着床前遺伝学的検査です。
体外受精ではこれまで、複数の受精卵が得られた場合、細胞の大きさなどから子宮に戻すのに適した受精卵を見た目で選んできました。この着床前遺伝学的検査は、受精卵の選択に客観性をもたせる検査ともいえます。しかし、この検査は病気や障害がある人を受精卵の段階で排除することになりかねないとの懸念もあることより、日本産科婦人科学会は、これまで学会の見解で重い遺伝病がある場合などを除いて検査を禁じてきました。
2020年から、効果を調べる臨床研究を始めました。対象は、①流産を2回以上経験、②体外受精で2回以上妊娠できなかった、③夫婦いずれかに染色体の形の異常があるなどです。中間報告によると、参加した4,348人のうち、受精卵を子宮に戻せた人の妊娠率は66.2%、流産率は9.9%でした。2019年の日本産科婦人科学会の集計の一般的な体外受精の妊娠率33%、流産率25%よりも良い結果でした。しかし、63.4%の人は子宮に戻せる受精卵を得られなかったため、最終的に子どもを得られる可能性が高くなるかの効果については不明なままです。
検査は、受精卵の全ての染色体を調べるため、性別も分かってしまいます。理論上は、男女の産み分けも可能になります。検査の目的は着床率を高めて、流産率を減らすことであり、性別を知ることは目的には入っていないとして、患者にも医師にも性別を伝える必要はないことが確認されています。しかし、胎児の疾患の発見を目的に広く実施するマススクリーニングとして利用されることがないような制度設計が必要となります。
検査の結果、染色体の数や形に変化のある細胞と変化のない細胞が混ざっているモザイクなど、受精卵を子宮に戻すか難しい選択を迫られる場合も出てきます。検査を希望する人に対し、検査についての正しい情報提供や相談体制の仕組み作りも大切です。
学会は、検査を始める前や、受精卵を子宮に戻す前に、遺伝カウンセリングを行うなど、一定の基準を満たした施設を認定したうえで、その施設に対し検査を認める方針です。高額な費用負担も大きな課題となります。1回約50万円の体外受精の費用に加え、受精卵1個あたり5万~10万円の検査費用がかかります。4月より、体外受精などの不妊治療に公的医療保険が適用される方向ですが、着床前検査が対象となるかは、現時点では決まっていません。保険適用が認められなければ、全てが自費と算定されることになり、高額な経済的負担が問題となります。

(2021年11月17日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)

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