多くの国で所得の低い人々が出世するチャンスはほとんどなく、最も裕福な人々の大半がその財産を維持しています。すなわち、社会階層のエレベーターは壊れているといっても良い現状です。OECDが提唱する社会エレベーターという指標は、格差を克服する難易度を探るうえで目安になります。
各国の所得格差の大きさや教育・雇用を通じ階層が変わる確率が2018年に分析されています。導き出された数値は最貧層に生まれた場合、1世代30年として平均所得に届くまで何世代かかるかを示しています。エレベーターがうまく動けば成り上がるチャンスは早まります。
日本の平均所得への道のりは、4世代とOECD平均の4.5世代より短いのですが、格差の大きさより全体的な落ち込みが問題です。低成長で賃金は約30年伸びず、所得の低い層が膨らみました。厚生労働省によれば、2018年の年収400万円未満の世帯は全体の約45%を占め、1989年比で5ポイント近く増えています。大人になった時、親世代より経済状況が良くなっているかとのユネスコが21カ国の15~24歳に尋ねた調査によれば、日本の「はい」の割合は28%で最低で、ドイツの54%や米国の43%を大きく下回っています。
これは、平等主義がもたらす弊害と思われます。突出した能力を持つ人材を育てる機運に乏しく、一方で落ちこぼれる人達を底上げする支援策も十分ではありません。自分が成長し暮らしが好転する希望が持てなければ、格差を乗り越える意欲はしぼんでしまいます。最貧層から2世代で平均所得に到達するデンマークは、義務教育を延長して遅れている子どもを支え、大学生の起業も促しています。北欧各国のGDPに対する教育の財政支出は4%を超え、2.8%の日本との差は大きくなっています。
世界は人材育成の大競争時代に入っています。支援が必要な人たちを救って全体を底上げしながら、横並びを脱して新しい産業を牽引するトップ人材も増やすことが大切です。一人ひとりの能力を最大限に生かす仕組みをどう作り上げるか、社会エレベーターを動かす努力が必要です。
(2022年1月5日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)