デューク大学の研究グループによれば、高齢マウスと若いマウスの体を3カ月つないで血液を循環させた後に切り離すと、高齢マウスの寿命の中央値が5%延びたとされています。2匹の生きた動物を手術的に結合させることをパラバイオーシス(parabiosis)と言います。19世紀に確立された研究手法ですが、主にホルモン研究の発展に貢献してきましたが、1980年以降、廃れた手法でした。しかしこの10年くらいは、老化研究や再生医療の研究において、新しい知見が得られています。
今回の実験では、互いを切り離した後の高齢マウスの延命効果を確認しています。メカニズムは不明ですが、若いマウスとの循環が細胞をより若々しい状態にするのに役立っています。老化を測る物差しの一つとして、エピゲノムが注目されています。分離後の高齢マウスでは、エピゲノムが示す年齢が血液と肝臓で最大約2割下がっていたとされています。若いマウスの血液には若さを取り戻す物質が何かあったのかもしれません。こうした実験で体をつないだ若いマウスの方では、老化が進むという報告もあり、高齢マウスの体内に老化を促す物質がある可能性も否定できません。
近年、老化の研究が盛んになっています。がんや糖尿病、心臓病など様々な病気のリスク要因になる老化を抑えられれば、病気の予防につながり、健康寿命を延ばせるという期待があります。老化研究は1980~1990年代にも盛んでした。細胞分裂の回数が寿命を決めるとみて、染色体の末端にあるテロメアが細胞分裂のたびに短くなることなどが注目されました。しかし、それだけでは寿命の謎を解くことはできませんでした。
2000年頃から、老化の制御に関わる物質が報告されるなど、少しずつメカニズムが明らかにされるようになってきました。老化すると細胞は分裂しなくなり、置き換わりが進まなくなります。仮に分裂が永遠に続くと、いつかDNAのコピーミスが蓄積してがんになるため、分裂を止めるような進化の道を辿ったとも言われています。しかし、老化細胞はただ残るのではなく、細胞や臓器を傷つける炎症を促す物質を出します。こうした細胞の蓄積が寿命を左右している可能性があります。
なぜ人は老いるのか、その仕組みを解明し、健康寿命を延ばそうとする研究が盛り上がりを見せています。直近の国勢調査をみても、高齢者の総数が増える中、110歳以上の人数は増えておらず、寿命には壁があるようにも思えます。健康寿命と寿命ではメカニズムが違うのかもしれません。日本の65歳以上の比率は人口の約3割で、2040年には35%になると予想されています。国際的にも高齢化は大きな問題で、老化研究への期待は大きいものがあります。
(2023年8月27日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)