失われた30年といわれて久しく、かつては米国すら抜くといわれた1人当たり国民所得は、今や韓国や台湾にも迫られています。日本は今や発展途上国から、衰退途上国になっています。発展途上国は高い生産性の伸びを続けて為替レートが高くなり、インフレになっても所得がそれ以上に伸びるので、所得が先進国に追いついていきます。一方、衰退途上国は低い生産性の伸びを続けて為替レートが安くなり、インフレになっても所得がさほど伸びず、先進国よりもはるかに低い所得になってしまいます。
日本経済がこのまま低成長を続けた場合、心配になるのは貧しくなる中で格差社会になっていくことです。国全体が低成長を続けても、グローバル化した大企業や一部のベンチャー企業は、生産性を向上させて社員の給与を引き上げていくことができます。しかし、国内で生産性が低迷する大部分の中小企業の社員は、所得が伸び悩んだままです。経済成長をもたらさない積極財政は、将来世代がそのツケを払うことになります。
経済成長をもたらすのは人間の創造力であり、成長に必要なのは人間の創造力を発揮させるための条件整備です。高度成長期には、道路や湾港などのインフラ整備でしたが、今は、人生いつでも再チャレンジできる、転職して所得が上がるような社会にするための条件整備です。岸田政権が打ち出すリスキリングも、そうした条件整備の一つです。企業の同一労働・同一賃金制度への変換は、生産性の低い企業に厳しく、生産性の低い企業は淘汰され、生産性の高い企業だけが生き残ることになります。国全体の生産性が向上して、国民全体に高い生活水準が保障されるようになります。
わが国の成長の担い手は、中小企業だと言われてきましたが、それは生産性の高い中小企業が伸びていくからです。生産性の低い中小企業が温存されていたのでは、経済の新陳代謝が妨げられ成長は阻害されるばかりです。少子化が進む中で、労働生産性の低い中小企業の温存は、人手不足問題を深刻化させることにもなります。
高度成長期に道路などのインフラを整備したのと同様、失業した労働者が路頭に迷わないための社会基盤の整備が必要となります。それには財源が必要となりますが、その財源として期待されるのが消費税でした。しかし、消費税は、その後すっかり悪者にされて機能不全となり、豊かな長寿社会をつくる礎になっていません。積極的な財政政策は景気回復をもたらしますが、経済成長はもたらしません。衰退途上国から脱却するためには、消費税も含めた国民負担の議論が必要となります。
(2023年12月28日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)