遺伝病に対する受精卵ゲノム編集を考える

中国の研究者が、受精卵をゲノム編集して双子を生み出したと2018年秋に公表しました。安全性を含め倫理面の問題が世界中で議論になりました。内閣府の生命倫理調査会は、4月22日にゲノム編集技術によるヒトの受精卵の遺伝子改変について、遺伝性疾患を対象として基礎研究についても認める方針を固めました。受精卵のゲノム編集については、不妊治療など生殖補助医療に役立つ基礎研究のみ認めた指針が4月より施行されています。
受精卵のゲノム編集は、遺伝病を防ぐ治療法開発などにつながりうるとして、遺伝病や生まれつきの病気に関する基礎研究を認めると結論づけています。現時点では安全面や倫理面から、その受精卵で子どもを誕生させることは認めていませんが、受精卵の遺伝子改変による遺伝病の予防に道を開くことになります。来春にも研究が認められる見通しです。
ゲノム編集で受精卵の段階で遺伝子の異常を修復すれば、生まれる子の病気を防げることが期待されています。現在、原因の遺伝子がわかっている遺伝病は5千以上あるとされています。しかし、今の技術では狙った遺伝子とは異なる遺伝子を書き換えてしまうことがあり、健康被害につながる恐れのほか、その影響は子孫に受け継がれてしまいます。倫理的にも、人為的に遺伝子を変えることに慎重な意見もあり、遺伝子を操作した受精卵を子宮に戻すことは認めていません。
海外では、ドイツやフランスが受精卵のゲノム編集を法律で禁じています。米国は連邦政府の資金投入を制限し、研究に歯止めをかけています。英国は国の機関が厳しく審査し、中国は指針で認めていません。しかし、遺伝性疾患の仕組み解明や治療法開発のために受精卵を改変する基礎研究は、計画を個別審査する条件で容認する見解を示しています。ヒト受精卵を用いた研究を繰り返さなければ、遺伝子改変の精度も上がらず、基礎研究には科学的合理性と社会的妥当性が認められると判断しています。
中国のゲノム編集ベビーのような問題が危惧され、最低限の法的枠組みが早急に必要となると思われます。2001年に施行したヒトクローン技術規制法は、本人と同じ遺伝情報を持つクローン人間の誕生を禁じています。しかしゲノム編集とは技術が異なり、新たな法的枠組みが求められ、胎内に戻すことを禁ずる罰則を伴う法規制が望ましいと考えられます。
研究への利用は不妊治療で余った受精卵に限っていましたが、今回は研究のために新たに作製することも容認する見解を示しています。2万以上とされるヒトの遺伝子が、自らの希望で改変できるような時代が来ることも予想され、障害がある人は生まれない方が良いとする優生思想につながることを危ぶむ見方もあります。その一方で、ゲノム編集の医療応用を一律に禁じれば、技術の発展を阻むとの見方もあります。ゲノム編集で遺伝子改変したヒト受精卵を子宮内に戻すことを禁じた上での基礎研究を認めた今回の見解は、遺伝病の発症予防に対して、新たな道を切り開くことになります。遺伝子改変の必要性については、個別審査で計画の妥当性を検討すべきです。

(2019年4月23日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)

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