生殖医療を考える―Ⅲ

生命倫理への問題提起―②

 ローマカトリックに対して、英国国教会は体外受精について一定の条件下で容認するという柔軟な立場を取っていた。イギリス保健省は、体外受精に関する諸問題を統括的かつ一元的に解決する目的で、ケンブリッジ大学哲学科教授であるワ-ノック女史を委員長とする「ヒト受精と胚発生に関わる医学・科学・倫理・法律について考察と勧告」の調査委員会を1982年に設置した。そして1984年、生殖補助医療と胚発生研究に関する64項目の提言を含むワ-ノック報告を提出している。
 その報告書の中で、前胚pre-embryoという概念が提唱されている。すなわち「胚は受精後最初の2週間は存在しない」とし、中胚葉性の原始線条primitive streak の出現を以って「胚」とするべきであるとし、体外受精卵を研究対象とすることは許されるとの考え方を示した。イギリスでは、この報告を基本として制度を整備し、1990年には「ヒト受精と胚研究に関する法律,Human Fertilization and Embryology Act(HFEA)」を制定した。そして、翌年に「ヒト受精と胚を対象とした治療と研究に関する管理局,Human Fertilization and EmbryologyAuthority(HFEA)」が設立された。この法律や運営機関による体外受精の管理は、生殖補助医療の歴史に残る偉業との評価が高く、体外受精を行う他の実施国に規制のモデルを提供してきた。
 ローマ・カソリック教会は、体外受精の研究の黎明期より批判的な見解を出してきたが、当時バチカンといえども、この先端医療技術がこれほどまでに家族観や社会観を大きく変えるような医療になるとは想像していなかったと思われる。この医療をめぐっては、現在社会的、倫理的、法的な多くの問題が提起されている。クライエントが希望し、治療に同意すれば医療行為を受けることは可能であるが、生まれてくる子どもは医療行為実施の場に立ち会うことができず、子どもの同意を得ることはできない特殊な医療である。子の福祉を最優先するような倫理的な完璧性を追求できないと思われるヒト体外受精において、バチカンの生命の起源に対する一貫した立場は、瞠目に値する。
(吉村 やすのり)

 

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