生殖医療のもたらしたもの
ヒト体外受精・胚移植による生殖補助医療は、受精・着床といった生命現象の分子メカニズムの解明を待つことなく、臨床現場の不妊症に悩む夫婦からの切実な訴えに支えられることによって、実験的医療とも考えられる数々の試みが実施されてきた。しかしながら、生殖医療は特に他の臓器再生医療とは異なり、世代の継承に関与しており、その治療結果が個体にとどまらず人類に継承されていくという特殊性をもっている。
生殖医療において忘れてはならないことは、クライエントが希望し医療者が施術を提供できれば医療行為は成立するが、生殖医療においては他の医療と全く異なり、新しい生命の誕生があることである。たとえ自己決定に基づく生殖医療であっても、生まれてくる子どもの同意を得ることはできないことを、まずもってクライエントも医療提供者も十分に認識しておく必要がある。また最近になり、着床前遺伝子診断や配偶子提供、さらには代理懐胎など、これらの技術による新しい医療への臨床応用が試みられるようになり、これらは胎児の選別、親子・家族という社会の枠組みを改変させるかもしれない問題を提起するようになってきている。
生殖医療に携わるものにとって、生殖補助医療により出生する児の長期予後が不明であるばかりではなく、生殖細胞の人為的操作の影響が次世代以降に継続する可能性があることを認識することが大切である。これまでの発表では、体外受精や顕微授精を施行してはいけないというようなリスクは認められていない。現在、わが国の生殖補助医療に求められる最も重要な課題は、児と家族の長期フォローシステムを確立することである。これまでの報告は、生殖補助医療の技術統計といわれるものであり、生殖補助医療を受ける患者情報や生まれている子のデータが集積されていないことが問題であった。そのため、日本産科婦人科学会は2007 年より子どもデータも含めたオンライン登録を開始しており、生殖補助医療関係者の理解と協力が不可欠となっている。今後はわが国においても北欧諸国と同様に、公的管理運営機関などにおける国レベルでの児の長期予後調査が必要となるであろう。
平成22年度より著者らが厚生科学研究において、生殖補助医療によって生まれた子どもの長期予後のデータの集積を開始している。子どものデータとしては、身体発育のみならず精神運動発達についても15年もの長期に及ぶ追跡調査がされることになっている。現在までの調査結果では、6歳までの身体発育においては、自然妊娠で生まれた子どもとの間には大きな差異が認められていない。また精神運動発達については生殖補助医療で生まれた子どもの方がかえって良好な成績が得られているが、より長期な検証が必要である。
(生殖医療の必須知識2020)