医療分野におけるAIの活用

がん細胞における遺伝子の変異数は数千から数万にも及びます。年齢、性別、病気の状況など同じがん患者でも、人によって変異数は異なるため、その解釈は専門家の知識と経験に頼る部分が大きくなります。珍しい症状の場合は、論文の検索や解釈に専門家でも1~2週間近くかかることがあります。しかし、IBMのAIワトソンを使えば、2分程度で遺伝子異常の原因と薬剤の選択が可能になると言われています。市販されている薬剤や臨床試験(治験)中の薬剤、他のがん治療薬で承認されている薬剤を探索し、治療効果がありそうな候補薬を提案することにも成功しています。米国立衛生研究所(NIH)の医学・生物系論文のデータベースPubMedには、2018年で2,800万件の論文が投稿されています。人間がこうした膨大な数の論文を全て読むことはもはや不可能です。今や診断に役立つ医療情報の解読こそAIが必要とされています。
医療分野でのAI技術では、自動化技術、機械学習によるデータ学習、ディープラーニング(深層学習)による推論技術の3つのステップがあります。ワトソンは、このうち機械学習を基盤として技術ですが、良質なデータを学習し続けることで、目覚ましいスピードで成長を続けています。2016年時点でワトソンと専門医の遺伝子解析能力を比較したところ、ワトソンは半数近くを見落としていました。しかし、2018年時点では専門医の判断と一致する事例も増えており、ポリープやがんを見分ける能力は経験を積んだ専門医に近づいています。
政府も医療分野でAIを積極的に活用する仕組みづくりに乗り出しています。病気の早期発見など医療の質を向上させるとともに、医療現場の負担軽減を目指したAIホスピタル(病院)計画です。メーカーや研究機関と共同でAIを活用した医療機器などを開発し、膨大な医療データベースから有用な情報を抽出・解析させて診断に役立てることを想定しています。AI活用の背景には、高齢化に伴う社会保障費の増大や医療現場の深刻な人手不足があります。2025年には、65歳以上の高齢者が総人口の30%を超えます。治療の高度化と患者数の増加で医療費は現在の42兆円から52兆円に膨らみます。年金、医療、介護・福祉を含めた社会保障費は、現在の120兆円から150兆円に増えることが予想されています。AIホスピタルが実現すれば、無駄な投薬や検査も減り年間数千億円程度の医療費削減効果が見込めるとしています。

(2019年10月23日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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