政府によるiPS細胞への重点投資が始まったのは、山中教授がノーベル生理学・医学賞を受賞した2012年の冬からです。再生医療を対象に、10年で計1,100億円支援する予算を決定しました。年27億円がiPS細胞研究拠点に配分されています。国は臨床応用を目指す大学などの計画を次々と採択し、目や脳、心臓など6件で患者に治療が試みられました。米調査会社クラリベイト・アナリティクスの集計によれば、iPS細胞関連論文数では米国の半分程度の水準で推移しています。予算規模が約10倍の米国に対して踏みとどまり、中国と肩を並べています。
一方、臨床応用に近い細胞治療の分野の特許では、米国が約40件に対し、日本は5件未満に過ぎません。日本の研究は細胞段階にとどまり、動物を治療する実験まで至っていません。またゲノム編集など遺伝子治療技術と組み合わせた研究も、米国が圧倒しています。論文の質の低下も懸念されています。被引用でトップ1%入りした論文のうち、日本の割合を見たところ、2006年から5年ごとの集計で2006~2010年が19%、2011~2015年が21%、直近の4年は12%まで落ち込んでいます。引用率から論文の質の高さを示唆するトップ10%、トップ1%論文は低下傾向にあります。
日本が育ててきたiPS細胞は一定の成果を生んできました。これまで初期化や分化誘導といった基礎分野では、米国と比べ遜色はありません。しかし今後は、創薬への応用など、次のイノベーションを生み出す研究に力を入れるべきです。研究予算は2022年度末で途切れます。これまで培った技術や育った人を無駄にしないためにも、今後3年で次の戦略を練ることが必要になります。
(2020年4月20日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)