人工的につくったiPS細胞由来の細胞は、がん化リスクが否定できません。目的の細胞に分化できなかった細胞が混じったり、分化の途中段階で遺伝子に変異が入ったりする可能性があるからです。厚生労働省の研究班は、2016年にiPS細胞やES細胞を臨床研究で使う場合、マウスへの移植やゲノム検査など複数の試験で遺伝子の変異などを確認するよう求めるガイドラインを作成しています。染色体が増えていたり、特にがん関連遺伝子に変異があったりすれば、その細胞の移植は、原則として推奨しないと明記しています。
しかし、このガイドラインは臨床研究だけが対象となっています。臨床研究も治験も、移植前になんらかの安全性試験は必要ですが、結果的に、臨床研究はゲノム検査が必要なのに、治験は必ずしも必要ではないという状態になっています。マウスで腫瘍ができなかったからといって、人で安全性が担保されるわけではありません。動物実験で問題なかったのに、人で重大な副作用が出た治験も過去にみられています。未知の領域については謙虚で慎重であるべきで、どんな利益が得られるか、まだ科学的に示されていないのだから、患者さんの安全を最優先し、まずは異常のない細胞を使うべきと思われます。
しかし、今のガイドラインは厳しすぎるという声もあります。多額の費用と時間をかけたのに、約700種類あるがん関連遺伝子の一つでも変異があれば使えないなら、開発速度は遅れ、製薬会社も参入しづらくなってしまいます。厚生労働省研究班は、昨秋ガイドライン見直しの検討を始めています。最終的には、ゲノム検査の対象遺伝子を、比較的がんとの関連が高いとされる約600種類に絞り、ゲノム検査の必要性そのものは、残すことになりそうです。
(2020寝6月4日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)