コロナ禍での科学研究論文

新型コロナウイルス感染症の世界的流行により、危機の克服に向けて大量の論文が発表され、成果の共有が急速に進んでいます。英国の学術情報会社、デジタル・サイエンスによると、6月1日時点でコロナ関連の論文は世界で4万本を超えています。次々に成果が生まれる背景にあるのが、専門家による査読と呼ぶ検証を受ける前にインターネットで公開する論文の増加です。
科学の世界では伝統的に、査読によって信頼性を担保し、後続の研究の健全な発展につなげてきました。しかし、査読を経ると論文を公開して成果を共有するまでに何カ月もかかってしまいます。新型コロナのような危機に対処するには、一刻も早い手掛かりが必要となります。しかし、スピード重視による課題も浮上してきています。
6月初め、ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)という世界二大有力医学誌で、査読を経た論文が相次いで撤回されています。論文掲載後、データに不自然な点があるとの指摘が相次ぎ、信ぴょう性や倫理的な手続きへの疑念が深まりました。混乱を引き起こした背景として、ランセットやNEJMが査読を急ぎ、データの不自然な点を見抜けなかった可能性は否定できません。
日本では、査読前論文が目立ち始めたことに、懸念の声が上がっています。緊急性を要する時期に、迅速に研究成果を共有する意味で査読前論文が増えるのは当然です。査読があったとしても論文の質や正確性を担保できるわけではありません。今後は、査読前論文による研究成果の迅速な公開は定常化し、慣習化していく可能性が高くなってきます。査読前論文であれ査読論文であれ、問題点を発表後に公開の場で指摘する事後公開査読が必要になります。いずれにしても、研究論文の質を保障する方法を考えていく必要があります。

 

(2020年6月22日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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