iPS細胞を心臓病の治療に応用する研究が活発になってきています。8月には慶應義塾大学のチームによる、安全性や有効性を確かめるための臨床研究が厚生労働省の部会で了承され、大阪大学はすでに1月に移植を実施しており、京都大学も厚生労働省での審議を控えています。慶應義塾大学のチームが対象とするのは、心臓病の中でも、心臓を収縮させる心筋細胞のはたらきが悪くなり、心臓がふくらむ拡張型心筋症の患者です。一方、大阪大学のチームは、心臓の血管が詰まって血流が滞り、心筋が傷つく虚血性心疾患の患者を対象にしています。京都大学のチームは両方を対象にする予定です。
いずれの心臓病も、状態が良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、次第に心臓の機能が衰え、重い症状の場合は心臓移植しか根本的な治療法がありません。国内では、心臓病はがんに次いで2番目に多い死因で、重症の心臓病患者は国内に数万人いるとされています。加齢は発病の一因ですが、移植の対象になるのは原則65歳未満とされており、対象年齢でも移植まで5年以上待つこともあります。再生医療による心臓病の治療が実現すれば、高齢者も対象にできる可能性が高まります。
無限に増えるiPS細胞がそのまま残ると、がんになるがん化の恐れがあります。さらに、移植した細胞と心臓の拍動が合わず不整脈になる可能性もあります。焦らず、長い目で安全性を検証していく必要があります。iPS細胞を目的の細胞に変えて移植するのには、現時点で数千万円の費用がかかり、患者に提供する際の医療費をどう抑えるかも課題です。違う角度からの治療法が出くることで、相乗的に実用化が進むことが期待されています。
(2020年9月3日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)