菅首相が、重要政策の一つに不妊治療の公的医療保険の適用を掲げ、厚生労働省も実現に向けて本格的な検討に入ります。体外受精は現在、全国約600の医療機関で行われています。ぞれぞれが治療内容や価格を独自に決めています。保険適用になると、安全性と有効性が確かめられた標準的な治療が、同一の価格で提供されることになります。中身の比較がしやすくなり、医療機関を選ぶ際の判断材料が増えることにつながります。
しかし、現在の不妊治療である生殖補助医療の主流は、クライエントの状況を考慮に入れたオーダーメイド治療です。夫婦の年齢や体の状態を踏まえ、最新の治療を含む豊富なメニューから、個別に内容が決められてゆきます。保険適用で治療が画一化されてしまうと、最適な医療を受けられなくなる可能性が出てきます。また保険適用されることにより、地方においてはクリニックの閉鎖も予想され、患者がアクセスしにくい状況が生ずるかもしれません。
保険適用外となる体外受精などの治療費には、国の助成制度があり国や地方自治体から支援金が出ています。ただし、体外受精は1回あたり15万円(初回は30万円)の上限が設けられ、年齢や所得、回数などの制限もあります。保険適用化を巡っては様々な課題が残されており、厚生労働省は、当面の間現行制度の拡充で不妊患者の負担軽減を図ろうとしています。
不妊治療を取り巻く、もう一つの大きな課題は、仕事との両立です。実際、卵巣の状態を確かめる検査や採卵で、女性は頻繁に通院しなければなりません。採卵のタイミングも、直前に決まることが多く、働く女性の場合、仕事に支障が出やすい状況にあります。周囲に不妊治療を受けていることを隠すケースも少なくなく、心身ともに疲弊し、仕事か治療かを選ばざるを得ない事態に陥りやすくなっています。
厚生労働省の2017年の調査では、不妊治療経験者の16%が両立できず離職したと回答しています。不妊治療中の離職を防ぐためには、休暇制度を使いやすい職場の雰囲気も重要になります。保険適用の拡大よりも、まずは両立支援策に力を入れ、不妊患者が通院しやすい環境を整えることが必要となります。少子化対策にとって、子どもを望む女性が、妊娠しやすい若い時期に妊娠・出産できる社会を目指すべきことが大切です。
(2020年9月27日 読売新聞 )
(吉村 やすのり)