菅義偉首相は、就任時の会見で出産を希望する世帯を広く支援し、ハードルを下げていくために保険適用を実現すると少子化対策の目玉として打ち出しました。不妊治療に関する朝日新聞のデジタルアンケートによれば、当事者の抱える最大の問題は治療費が高いことです。もう一つの課題は、治療と仕事の両立です。治療費が払えずに諦めざるを得ない、仕事との両立や周囲の無理解に苦しんでいるといった切実な声も聞かれています。
体外受精と顕微授精は、今年度の場合、治療開始時に妻の年齢が44歳未満で、所得の合計が730万円未満の夫婦が、1回15万円(初回は30万円)までを通算3回(妻が41歳未満の場合は6回)まで受けられる国の助成制度があります。不妊治療の保険適用にあたっては、越えなければならないハードルがいくつもあります。適用までは、現行の助成を大幅に拡充するとしています。自民党の不妊治療への支援拡充を目指す議員連盟は、1回の助成額を30万円(初回40万円)までに倍増し、所得制限を外すとする草案を示し、提言をまとめる予定です。
現在の不妊治療である生殖補助医療は、年齢や本人たちの状態を踏まえてベストな方法を選択するオーダーメイド医療となっており、一定の標準を決めるのは難しくなっています。標準から外れたものがオプションとなれば、保険と保険外を併用する混合診療となります。原則禁止されている混合診療は大きな課題になるでしょう。また、これまで自由に価格を決めていたものが保険診療になることで、クリニックの収入が減り、腕のよい医療スタッフが雇えずに治療の質が下がったり、閉院したりするところが出てくるかもしれません。
さらに不妊治療の保険適用は、少子化を解決する根本的な手立てとまでは言えないでしょう。選択的夫婦別姓や未婚のシングルマザーといった多様性を認める社会を醸成し、未来を作るのは女性と子どもであるという意識がなければ、少子化は克服できません。
(2020年10月18日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)