新型コロナウイルスの感染拡大で、少子化問題は置き去りにされてしまっています。政府の7月の骨太の方針では、少子化が主要なテーマになるはずでした。1人の女性が一生に生む子どもの平均数を示す2019年の合計特殊出生率は、1.36と4年連続で低下し、12年ぶりの低水準となっています。出生数は、予想より2年早く90万人を割り込み、86万ショックという言葉が使われています。
コロナ禍で来年の出生数が減少するとの懸念が高まっています。厚生労働省の発表によれば、自治体が1~7月に受理した妊娠届の件数は51万3,850件となり、前年同期に比べて5.1%減っています。特に5月は17.1%減、6月は5.4%減、7月は10.9%減と減少幅が大きく、5~7月の累計では11.4%減の大幅な減少でした。春先以降、新型コロナの感染が拡大するにつれ、外出自粛で里帰りが難しくなるなど出産を取り巻く環境が大きく変わりました。医療機関がコロナ対応に追われる状況のなか、院内感染への警戒も広がりました。安心して出産できないと考え、子供を持つことを先送りする動きが出たとみられています。感染症への不安から妊娠を遅らせるだけなら、一過性のもので済むかも知れません。より深刻なのは、少子化の背景にある若い世代の経済的不安です。コロナ禍で若い世代の経済環境がさらに悪化すれば、少子化の加速にもつながる懸念があります。
コロナ禍での子どもの発達や収入減などへの強い懸念が、保護者のみならず、子どものストレスを増加させています。在宅勤務が増え、テレワークと自宅での、子育ての両立の難しさを訴える声も目立っています。在宅勤務などのコロナ対応が、親のストレスの増加や、子育てのリスクにならないように、バランスをとる必要があります。子育て世代などの一部の人に、しわ寄せがいかないように、社会や企業は対応策を考えるべきです。
少子化は、先進国において共通の悩みです。女性の職場進出で低下した出生率は、男女ともに仕事と家庭を両立できる環境づくりや、子育て世帯への経済的な支援によって、欧州の国々では、少子化問題が克服されつつあります。長らく日本とともに出生率が低率であったドイツも、父親の育児休業の取得や働き方改革、保育の保障などの政策により、回復傾向にあります。
1989年は、1966年の1.58の年の出生率を下回り、1.57ショックと呼ばれ、国も少子化対策に力を入れるようになりました。しかし、その後、バブル経済が崩壊、政府は、経済や高齢化問題に注力し、大胆な少子化対策を出せないまま、30年が経過してしまいました。孤独な子育て、子育てと仕事の両立の難しさ、不安定な雇用など、コロナ禍で露呈した不安の除去は、今後の少子化対策の大きな課題です。
現代の少子化は、政治が、子育て世代やこれから家族をつくろうとする若い世代の不安を解消できなかった結果です。この失われた30年を取り戻すためには、一刻の猶予もありません。菅政権は、不妊治療への保険適用に言及されています。不妊治療の経済的自己負担を取り除くことは、大切な施策と考えられますが、少子化の根本的な解決につながるとは思えません。
こうした少子化の危機を乗り切るためには、多様性を認める社会に変貌を遂げなければなりません。日本で婚外子は全体の2%にすぎず、婚姻関係になければ子どもが産めない状況にあります。望んで結婚せず子どもを産みたい人や、事実婚や性的少数者のカップルらの、子どもを産んで、育てたいという希望は、婚姻にかかわらず叶えられるべきです。多様性を認める社会ではないことが、わが国の出生率の低さに表れています。女性のReproductive Rightsが認められるような、そんな社会を目指さなければなりません。
わが国の未来を築いていくのは、女性と子どもたちです。こころ健やかに産み、安心して子育てのできるような社会、若い世代が子どもを作り育てたいと思う社会の形成を目指すことが、少子化脱却への近道です。
(吉村 やすのり)