がんを告知され、ショックの中で治療に臨む患者らの心のケアとして、レジリエンスの考え方が注目されています。患者の強みを伸ばして逆境を乗り越える力を引き出す精神医学の手法です。国立がん研究センター中央病院には、レジリエンス外来があります。レジリエンスとは、弾性力とか回復力という意味です。うつ病など心の負の問題を取り除く従来の治療と異なり、患者の強みなど心の健康的な部分や肯定的な変遷に焦点を当てるのが特徴です。薬物療法などは原則行わないレジリエンス外来は、重いうつ症状がある場合などは対象外となります。
いきなりがんを宣告されると、10年、20年先も健康に生きていくと思っていた前提が覆され、喪失感に苛まれます。対話を通じて患者らに新たな世界を築いてもらい、残された人生をどう生きるかを考えてもらいます。約1時間のカウンセリングを数回重ねます。まず患者自身の歴史を振り返ります。どういう家庭のもとでどのように育てられたか、思春期はどのように過ごしたかなどを詳細に話してもらい、病気になる前に大切にしていた価値観も聞きます。がんを患った後にどう感じ、気持ちや価値観がどう変わったかといった変化をひもといていきます。
正しい知識を提供することを心がけ、間違っているわけではない、気にすることではないと肯定しながら、レジリエンス向上を図ります。数年かかっても、焦らず患者と向き合うことが重要です。精神医学の分野では、トラウマ体験を積極的に理解するトラウマインフォームドケアなどもレジリエンスの考え方が基盤にあり、レジリエンスは根付きつつあります。現状の医療現場では十分な診察時間を確保することも容易ではありません。レジリエンスに特化した治療を行う環境は未整備です。
(2020年12月21日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)