人間の体には、外部から侵入した病原体に備える仕組みがあります。病原体が入ると、免疫のシステムは敵が来たと警報を鳴らしてその姿を覚えます。そして、次に同じ病原体が入ってきた時に素早く攻撃して発病を防ぎます。ワクチンは、免疫系に対して、事前に人為的に敵の姿を覚えさせることで、病気に備えます。
古くからあるワクチンは、病原体のウイルスを弱毒化や不活化して注射します。一方、mRNAワクチンはウイルスそのものは使っていないのが特徴です。mRNAは、細胞内でたんぱく質を作れという指示書のようなものです。新型コロナウイルスのたんぱく質を作るmRNAを注射することで、ヒトの細胞の中にあるたんぱく質を作る装置に、ウイルスのたんぱく質を作らせます。
このたんぱく質が抗原となり、免疫細胞の一種である抗原提示細胞に取り込まれます。その後、他の免疫細胞が活性化され、次に新型コロナウイルスが侵入してきた時に攻撃する抗体ができます。抗体以外の免疫の働きも活性化します。病原体を体内に入れるわけではないため、安全性は高いとされています。
mRNAワクチンは、開発・製造のためにウイルスを増やす必要がないので、短期間で開発できるメリットがあります。今回のように新たなウイルスが世界的に流行した時に、その強みが発揮されます。ウイルスが変異した場合も素早く対応できます。mRNAワクチンの開発には、安定化たんぱく合成能力の効率化、発症を抑える工夫など、数十年の科学の成果が詰め込まれています。
(2021年2月8日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)