コロナ禍における自殺問題については、社会的接触制限によってうつの患者が増えた結果、自殺者が増加したなど様々な考察がなされています。しかし、2019年と2020年の自殺者数を月別に見ると、3月下旬まで増加傾向にあった自殺者数が4~6月に減少しています。この時期、完全失業率が増加したにもかかわらず自殺者数が減少した理由に、社会的不安の増大と社会的努力の可視化が影響していると考えられます。
大規模災害の直後、社会的不安が急激に増大すると一時的にストレスが減じ、自殺者が減少するとされています。阪神・淡路大震災や東日本大震災でも発災直後に同様の現象が認められました。コロナ禍の今回も同様の現象が見られています。社会的な不安の増大による自殺者の一過性の減少を社会的不安仮説と呼ばれています。
漠然とした不安に対し社会的不安は、社会全体の危機が明確に感知された状態と言えます。4~6月はまさに、社会全体で不安が共有される事態に陥っています。外出自粛をはじめ、政府による施策も自殺者数の減少に影響しています。4月の緊急事態宣言発出や、全世帯に対する特別定額給付金の支給などによって社会的努力が可視化されたと考えられます。一時的に不安が緩和された経過からみても、社会的不安が自殺者の増減と連動するとの仮説が導けます。
2020年7月以降、自殺者数が増加に転じています。男女別統計を見ると、2020年の自殺者数の対前年度比では、男性は23人の減少に対し、女性は935人の増加です。この男女格差は、7月以降の自殺者数の増加が女性の自殺者数の増加に主として起因しています。女性の自殺の背景には一般に、雇用の問題の他、家庭内暴力(DV)被害や、育児・介護の悩みなどさまざまな問題が関連します。コロナ禍の雇用環境の悪化も男女差に影響しています。
2020年4月には、非正規雇用の女性約108万人が職を失っています。コロナ禍の雇用への影響は女性に顕著に表れました。そして、女性の非正規雇用労働者数が減少した時期に遅れて自殺者数が増加しています。そのため、非正規雇用者の解雇と女性の自殺、両者の関連を念頭に置いた対策が必要になります。自殺の男女差の関連では、女性の自殺者増加には外出自粛やリモートワークでDVの増加があると一般に考えられています。
(2021年4月5日 週刊医学界新聞)
(吉村 やすのり)