在宅治験の遅れ

海外では、薬の効果や安全性を確かめる臨床試験(治験)で、患者が入院や通院することなく参加する在宅型が広がっています。オンライン診療やウエアラブル端末などを活用して、患者の負担を大幅に減らし、薬の開発速度を速めています。
ネットの普及により、簡単な体調確認ならオンラインで済ませられるようになっています。最近では心拍数や血液成分などを測れるウエアラブル端末が登場し、患者が自分で採血するキットの開発も進み、検体の提出も可能になっています。生体認証を使えば、医療機関は参加者の同意も遠隔で取得できます。技術的には患者が必ずしも医療機関を訪れなくても、治験を進められるようになっています。
がんや難病などの治験では、実施する医療機関が都市部に限られる場合も少なくありません。参加者の体調によっては、長時間の移動は心身の疲労につながるほか、自分だけでは移動できず付き添いが必要になることもあります。移動や拘束時間といった障害を取り除き、治験に参加できる間口を広げられれば、製薬企業は参加者をぐっと集めやすくなります。
米国では、在宅型の治験市場が広がっており、国際共同治験でもこの方式が増えてきています。しかし、日本では一向に在宅型治験が進んでいません。普及が進まない最大の理由は、医療機関のデジタル化の遅れです。国内でオンラインや電話による遠隔診療を導入している医療機関は、6月時点で全体の15%に過ぎません。患者の申告によるデータとなると、精度も下がりかねないと懸念を示す治験実施機関の関係者もいます。治験に使う薬を製薬企業から、直接患者に送ることができず、手間がかかります。国内の医療制度や薬事規制をふまえた環境整備も必要です。

(2021年11月9日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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