迅速な創薬開発を支えるのが、リアルワールドデータ(RWD)です。RWDとは、治験のデータではなく、診療など実際の医療行為や医療機器などから収集されるデータのことです。ファイザーは、医療機関が持つ約1万4,000例の新型コロナ入院患者のデータを分析し、既存ワクチンの追加接種効果がオミクロン型でデルタ型より低減する場合などに備えて、新たなワクチンの実用化を進める決断をしています。
2019年に、既存の乳がん治療薬イブランスを男性向けに適応拡大する際、追加の治験を実施せず、電子カルテなどのデータ分析で効果を立証しています。乳がん患者のうち男性は1%に満たないとされ、被験者を集めるのは実質的に不可能です。イブランスが正式承認される前に医師の判断で投与された男性患者のデータを分析し、治療効果を投与されていない患者のデータなどと比較しています。
通常、治験は数年から10年ほどかかり、新薬の研究開発コストの6~8割を占めるとされています。希少疾患では、被験者を集めることすら難しく、新薬候補の効果を比較検証するため、既存薬や偽薬を投与する被験者を集める期間とコストが重荷となります。
RWDの活用では、日本は米国と比べて出遅れています。2020年に実施された治験でRWDが活用されたのは世界で148件です。米国は56件で、日本は7件にとどまっています。米国では、2016年に承認プロセスの迅速化などを目的にRWDの活用を促す法律が成立しています。FDAも、2020年から新型コロナ対応に生かす官民プロジェクトを主導するなど後押ししています。日本もデータを生かせる基盤を官民で協力して整備する必要があります。
(2022年3月3日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)