米起業家イーロン・マスクが、「あたり前のことをいうようだが、出生率が死亡率を上回るような変化がないかぎり日本はいずれ存在しなくなるだろう。これは世界にとって大きな損失となろう」とツイートしています。ツイートのきっかけは、1年間に総人口が64万4千人減ったという人口統計ニュースです。1億2,500万人あまりが暮らすわが国で、この統計だけで「存在しなくなる」と述べるのは飛躍があると思うかもしれません。しかし、これがわが国の現実です。
将来人口を推計する国立社会保障・人口問題研究所の発表によれば、2004年の出生率1.29が将来にわたって不変、かつ海外との人の移動がない、などと仮定した場合、日本の総人口はおよそ200年後に1千万人を切ってしまいます。そして2340年に100万人を、2490年に10万人を割り、3300年には列島が無人になってしまいます。
出生率はその後、回復に転じ2012~2018年は1.4台を保っていました。しかし、ここにきて再び低下基調が鮮明になっています。コロナ禍が若者から出会いを奪い、婚姻数・妊娠数・出生数が軒並み減ったのは周知の事実です。コロナが人口動態におよぼす不確定要因の分析・解釈に時間を要し、政府は今春に出すはずだった新しい将来推計の公表を1年先送りしています。現実は、出生減にはコロナ前から弾みがついています。2015年までの年間減少率は、平均1.1%で推移していましたが、2016年以降3.5%に急伸しています。この主因として、若い世代の出生意欲の減退が挙げられます。
以前の少子化の背景には、産みたいけれども子育て環境が十分に整っていないなどの理由で出産をためらう若い夫婦が多くみられました。しかし、2010年代半ばを境に、産みたいという意欲そのものが下がり始めています。待機児童も減少し、父親にも育児休業取得を奨励しているにもかかわらず、子どもを持ちたい若いカップルが減少していることは重大な問題です。
出産意欲減退の背景には、様々な要因が考えられますが、若い世代の就労・収入環境の悪化が大きく影響しています。実質年収の低下により、男女問わず若者が結婚をイメージしにくくなり、子どもをもつことへの一種の諦めが広がっています。
産むのはやめようという個人の価値観を無理に変えさせることはできません。しかし若い世代の困窮が命の誕生に対する諦めを誘っているなら、それを取り除くのが政治の責任です。マスク氏のツイートを日本の指導層のどれだけが真っ向から受け止めているかが問われています。少子化に特効薬はありません。まずは若者を取り巻く経済環境を好転させることにあります。
(2022年5月30日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)