OECDが実施する国際成人力調査(PIAAC)によれば、日本に住む人々の読解能力や数理的思考力の平均的スコアは非常に高くなっています。一方で日本の労働生産性は低いままです。一般に読解力が高いほど、労働生産性が高いという大まかな傾向が見られます。しかし、日本は高い読解力にもかかわらず、労働生産性は低い水準にとどまっています。このことは、高い能力を持った労働者が、その能力を発揮できていないということを示しています。
この状況を放置すれば、どんなに人に投資してスキルを身につけさせても、それが効率的に利用されないことを意味します。特に著しいのは女性の能力の過小利用です。日本では、女性は男性と同程度の読解力を持ちつつも、男性の半分程度しか仕事で使っておらず、OECD諸国の中で男女差が最も大きくなっています。スキルの高い女性が能力をフルに発揮できない状況は、根強い性別役割分業意識、差別的偏見、子育て支援の不足、税制・社会保険制度といった様々な要因が複合的に作用し、多くの女性が短時間の有期雇用に就かざるを得ないことに起因しています。
日本では、過去20年間にわたり実質賃金上昇がみられていません。女性の就業率が向上したものの、女性の賃金が低いため、就業者に占める女性比率が上るほど、平均賃金が下がってしまいます。2000~2017年の男女計の時間当たり実質賃金は6.1%下がりましたが、うち4ポイント分は女性の労働力参加が進んだことによるとされています。女性の就業率向上は望ましいのですが、その多くが短時間かつ有期契約で働き賃金が低いことが問題となっています。
既婚女性の多くが短時間就業を選好するのは、103万円の壁や106万円の壁と呼ばれる税制、社会保険制度の歪みも一因です。政府は、雇用形態間の不合理な待遇格差を是正し、最低賃金引き上げで女性の低賃金問題を解消しようとしてきました。こうした壁の解消には、配偶者控除の縮小や社会保険の適用範囲拡大が必要になってきます。これらの措置は実質増税となるため、低所得世帯の負担増を緩和するような給付を同時に導入しなければなりません。
社会保険制度は、家族の中での役割分担に影響するだけに、制度変更は人々の価値観を揺さぶることにもなる難しい問題ですが、制度が生み出す矛盾を解消する政策対応は避けて通ることはできません。
(2022年6月3日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)