新型コロナウイルスの起源に関する論文が米科学誌サイエンスに発表されています。初期の新型コロナの遺伝情報を分析することにより、種を越えた感染が、いつ、何回起こった可能性があるかを推計されています。2019年末に中国・武漢市で発見された新型コロナウイルスには、二つの系統があります。野生のコウモリに感染するコロナウイルスに進化的に近いA系統と、のちにパンデミックの中心になるB系統です。
二つの系統の親にあたるウイルスは別々にあり、それぞれヒトへと種を越えた感染を起こしたと考えられています。その時期は、B系統で2019年11月中旬、A系統で下旬とされています。種を越えてヒトに感染したウイルスは、すべてが生き残れるとは限りません。最終的に二つの系統が生き残るための種を越えた感染の推計回数は、8回(ありうる推計値の幅は2~23回)とされています。
2021年にWHOが公表した新型コロナの起源に関する報告書をもとに分析した結果、AとBの両系統が市場の近くで確認されていること、市場の従業員ではない症例でも、市場の近くに住んでいる人が多かったことなどから、海鮮市場がパンデミックの発生地だという仮説が支持されています。
市場には、近隣の農場から動物が商品として供給されていました。2019年の11、12月には、タヌキやキツネ、アナグマなど、新型コロナが感染する可能性がある動物が売られていました。もともとは野生のコウモリに感染していたウイルスが、市場の動物を仲介役にして、ヒトへと感染したと考えられています。しかし、どの動物が仲介役だったかを示す証拠は得られていません。
動物からヒトへのウイルス感染が起きても、その多くは人知れず消えていくとされています。ヒトの間での流行を起こし、さらにパンデミックへと発展するかどうかは、人口密度や他の地域との交流の活発さも影響します。種を超えた感染の発生は防げませんが、それがパンデミックになるのを防ぐことは可能と考えられています。
現時点では、事故などによる武漢市にある研究所からのウイルス流出がはっきり否定されているわけではありません。しかし、市場の動物のうち1匹がB系統のウイルスに、もう1匹がA系統の出現につながったというシナリオは、非常に可能性が高いと考えられています。流出説では、これらの証拠全てを説明できないと思われます。
(2022年9月6日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)